最近のニュースで「日米の金利差が縮小しているのに、円安が止まらない」という話題を耳にしませんか。
普通、投資の教科書には「金利が高い国の通貨は買われ、低い国の通貨は売られる」と書いてあります。であれば、アメリカが利下げをして日本が利上げをすれば、円高になるはずですよね。しかし、現実は1ドル=155円前後という歴史的な円安水準が続いています。
2025年12月17日の日本経済新聞の報道でも、この現象は「コナンドラム(謎)」として大きく取り上げられました。
なぜ、これまでの常識が通用しなくなっているのでしょうか。この記事では、その背景にある日本の構造的な変化や、私たちの投資行動がどう関係しているのかを、専門用語を噛み砕いてわかりやすく解説します。
縮まる金利差と「円安」の不思議な関係
まず、いま市場で何が起きているのかを整理しましょう。
2025年12月、日本銀行は金融政策決定会合で追加の利上げを検討しています。一方で、アメリカの中央銀行にあたるFRB(連邦準備理事会)は、すでに3会合連続で利下げを決定しました。
日米の金利の差は、ここ約3年で最も小さい水準まで縮まっています。専門的な言葉で言うと「実質金利差」が約2年半ぶりの低水準になっている状態です。
本来なら円高になるはずなのに
本来、金利の差が縮まれば「ドルを売って、円を買う」動きが強まり、円高が進むのがこれまでの勝ちパターンでした。しかし、実際には1ドル=155円近辺で推移しており、2024年7月につけた37年ぶりの安値(161円台)に迫る勢いのままです。
この、金利差という最大の要因が効かなくなっている状態を、市場では深刻に受け止めています。どうやら、円安の理由は「金利」という表面的な数字だけではなく、もっと深いところにあるようです。
デジタル赤字が止まらない!日本のお金の稼ぎ方が変わった
なぜ金利差が縮まっても円が買われないのか。その大きな理由の一つが「貿易」や「サービス」を通じたお金の流れの変化です。
財務省の統計によると、2024年から2025年にかけて、日本の経常収支(国全体のお金の出入り)は過去最大級の黒字を記録しています。しかし、その中身を見てみると、円安を止める力にはなっていません。
1. 貿易収支の赤字
かつての日本は、製品を輸出して外貨を稼ぐ国でした。しかし現在は、原油などのエネルギー価格の上昇により、輸入代金の支払いが多くなっています。輸入の支払いは主にドルで行われるため、常に「円を売ってドルを買う」需要が発生しています。
2. 深刻なデジタル赤字の正体
いま最も注目されているのが「デジタル赤字」です。皆さんは毎月、以下のようなサービスにお金を払っていませんか。
・NetflixやYouTube、ディズニープラスなどの動画配信
・Amazonでのネットショッピングやクラウド利用
・iPhoneのiCloudや、仕事で使うMicrosoft 365
・Google広告やSNSの広告費
これらはすべて海外企業のサービスです。私たちが支払った料金は、最終的にドルに替えられて海外へ流れていきます。これがデジタル赤字です。経済産業省の試算では、2035年にはこの赤字が18兆円にまで増えると言われており、これは日本の原油輸入額を超える規模です。
観光の黒字では補えない
訪日外国人観光客(インバウンド)が増え、旅行収支は大きな黒字を出しています。しかし、デジタル赤字の増大がこの旅行黒字を飲み込もうとしています。私たちがスマホを使い、生成AIなどの最新技術を利用すればするほど、構造的に円が売られ続ける仕組みになってしまっているのです。
新NISAの拡大が円安の「隠れた主役」に?
意外かもしれませんが、私たちが将来のために行っている「新NISA」での投資も、円安を後押しする要因になっています。
2024年1月にスタートした新NISAにより、個人の投資スタイルは大きく変わりました。特に人気なのが「オルカン(全世界株式)」や「S&P500(アメリカ株式)」といった、海外の資産に投資する投資信託です。
なぜNISAが円安を招くのか
仕組みはシンプルです。私たちが日本円で海外投資信託を購入すると、その運用会社は実際に海外の株を買うために「円を売ってドルを買う」必要があります。
・新NISA導入後、海外投信への資金流出は月平均で約6900億円 ・以前の約3800億円から倍近くに増加 ・年間では約8兆円もの円が売られている計算
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の予測では、今後NISAの口座数がさらに増えることで、年間10兆円規模の円売り圧力が5年から10年は続くとされています。
「将来が不安だから投資をする」という個人の賢い選択が、巡り巡って「円の価値を下げる(円安)」という、皮肉なサイクルを生み出しているのです。これは一時的なブームではなく、日本人のライフスタイルに根ざした動きであるため、金利が多少動いた程度では止まりにくいのが現状です。
日本の将来への不安と「国の信用」
為替相場には、その国の「経済的な実力」や「将来性」への評価も反映されます。投資家たちが、日本の経済成長に疑問を持ち始めていることも、円安が続く一因です。
財政拡張への警戒感
現在、政府が掲げる大規模な財政出動(お金をたくさん使うこと)が、本当に経済を成長させるのか、市場は冷ややかに見ています。
ここで覚えておきたいキーワードが「CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)」です。
解説:CDSとは CDSは、いわば「国の借金が返せなくなった時のための保険」です。この保証料(手数料)が高くなるということは、投資家が「その国が債務不履行(デフォルト)になるリスクが高まった」と判断していることを意味します。
2025年12月、日本国債のCDS保証料率は約2年ぶりの高水準を記録しました。これは「日本円という通貨をずっと持っていて大丈夫か?」という不安の表れでもあります。2025年度の補正予算が過去最大規模になったことで、国の借金が増え続けることへの警戒感が強まっているのです。
投資初心者は「円安」とどう向き合うべきか
ここまで見てきたように、今の円安は単なる金利の差だけではなく、デジタル赤字、NISAによる資金流出、そして国の将来性といった複数の要因が絡み合っています。
では、投資初心者の皆さんはどうすれば良いのでしょうか。
通貨を分散する「守り」の投資
これまでの解説の通り、日本には構造的に「円安になりやすい理由」が揃っています。もし、資産をすべて日本円(銀行預金など)だけで持っていたらどうなるでしょうか。円安が進んで輸入品の価格が上がれば、実質的にあなたの資産の価値は目減りしてしまいます。
だからこそ、NISAなどを活用して「ドル建ての資産」や「全世界の株式」を持っておくことは、自分自身の生活を守るための有効な手段になります。
短期的な変動に惑わされない
「今から海外投資を始めるのは、円安すぎて損ではないか?」と心配になる方もいるでしょう。しかし、デジタル赤字やNISAの動きは、数年、十数年という単位で続く構造的なものです。
大切なのは、為替の「謎」に一喜一憂するのではなく、自分の資産の一部を外貨建てで持つことで、日本という国だけに依存しないポートフォリオを作ることです。
まとめ:円安のコナンドラム(謎)に備える資産形成を
今回の記事の内容を要約します。
- 金利差の縮小だけでは説明できない円安が続いている。
- 背景には、スマホ利用などのデジタル赤字や、エネルギーの輸入という構造的問題がある。
- 新NISAによる海外資産への投資が、年間数兆円規模の円売り圧力になっている。
- 日本の財政不安や成長戦略への疑いが、円の信頼を揺さぶっている。
日米の金利差が縮まっても円安が続くという「謎」の正体は、私たちが日常的に使うサービスや、自分たちの投資行動そのものにありました。
この「新常態(ニューノーマル)」において、投資初心者ができる最も賢い選択は、無理のない範囲で分散投資を続け、円安が進んでも円高が進んでも対応できるような資産構成を目指すことです。
今の状況を正しく理解し、長期的な視点で資産運用に取り組んでいきましょう。
