「老後のお金が足りない!」──その不安、精神科医はこう見ている
「老後に2,000万円も必要なの?」「年金だけじゃ絶対足りない…」。そんな不安、あなたも感じたことがありませんか?
2026年2月、精神科医の和田秀樹氏が著書『医師しか知らない 死の直前の後悔』(小学館)をもとに発表した記事が話題になりました。長年、多くの高齢者と向き合ってきた和田氏が語るのは、「老後に備えた人ほど、ある意外なことを後悔している」という驚きの事実です。

その「意外なこと」とは何か? それは、「元気なうちに、もっとお金を使って楽しんでおけばよかった」という後悔です。
「もっとお金を残しておけばよかった」と後悔する人にはほとんど出会わない、と和田氏は言います。むしろ、節約や貯蓄に励みすぎて「今」を犠牲にしてきた人が、人生の終盤になって後悔するケースが圧倒的に多いというのです。
これは、私たちが日頃から感じている「老後不安」が、実は少し方向を間違えているのかもしれないという、重要なメッセージです。
この記事では、精神科医の視点から見た老後のお金の真実をわかりやすく解説しながら、豊かで充実した人生を送るために必要な「お金・健康・時間のバランス」という考え方を一緒に考えてみたいと思います。
実は「老後にかかるお金」は思ったほど多くない?
「老後2,000万円問題」という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。2019年に金融庁のレポートがきっかけで話題になったこの数字は、今でも多くの人の不安の種になっています。
実際、2025年1月に行われた調査(三井住友トラスト・資産のミライ研究所)では、年代を問わず「老後資金」がお金の不安ランキング1位という結果が出ています。65歳以上の年金受給者の調査でも、約4割の人が「年金で生活を賄えているが、貯蓄額に不安を感じる」と答えています。
不安を持つこと自体は自然なことです。しかし、和田氏が指摘するように、実際に老後を迎えた人の感想は少し違います。
老後にかかるお金が「思ったより少なかった」と感じる理由は、大きく3つあります。
まず1つ目は、医療費や介護費の自己負担が想定より少ないことです。日本の介護保険制度や公的医療保険のおかげで、医療・介護の自己負担は1〜3割に抑えられています。特別養護老人ホームなどの公的施設であれば、多くの場合、年金の範囲内で費用をまかなうことができます。
2つ目は、加齢とともに支出そのものが自然に減っていくこと。外食や旅行の回数も減り、物欲も落ち着いてきます。「お金を使いたくても使えなくなる」という表現が、現実を的確に表しているかもしれません。
3つ目は、住宅ローンや子どもの教育費などの大きな出費が終わっていること。老後を迎える頃には、多くの人がこれらの負担から解放されており、むしろ家計に余裕が生まれているケースも少なくありません。
また、2026年4月からは年金額も改定され、夫婦2人分の標準的な厚生年金は月額23万7,279円になる見込みです(令和8年度)。生活費の平均的な不足額(月約3〜5万円程度)を考えると、ある程度の備えがあれば、年金だけでも十分に生活できる可能性も十分にあります。
もちろん、人によって状況は大きく異なります。でも大切なのは、「最悪のケースばかりを想定して不安を積み重ねる」のではなく、自分の実際の状況を正確に把握した上で、必要な準備をすることです。
なぜ日本人は「まだ起きていないこと」をこんなに心配するのか
和田氏は、こうした老後への過剰な不安には「日本人特有の心理的傾向」と「メディアの影響」が大きく関係していると指摘しています。
「予期不安」という心理的クセ
「もし病気になったら…」「もし仕事がなくなったら…」——まだ起きてもいない不幸を先回りして想像し、不安になってしまうことを「予期不安(よきふあん)」と呼びます。これは、将来起こるかもしれないことへの恐れから生じる不安のことです。
実は、アメリカのミシガン大学の研究によると、人が心配していたことの約80%は実際には起こらなかったという結果が出ています。さらに、残りの20%のうち16%は、事前に準備していれば対応できる内容でした。つまり、本当に深刻な事態に発展するのは全体のごくわずかにすぎないのです。
それでも日本人は、世界的に見ても「将来への悲観的な予測」が強い傾向にあると言われています。先のことを心配しすぎて、「今」を楽しめなくなってしまっているとしたら、それはとても残念なことではないでしょうか。
テレビやメディアが不安を「煽る」仕組み
もう一つの大きな原因が、メディアの報道スタイルです。テレビのワイドショーは視聴率を取るために、「老後破産が増えている!」「年金だけでは生きていけない!」といったセンセーショナルな情報を優先して取り上げます。
毎日そういったニュースを見ていれば、「自分もそうなってしまうかも」と不安になるのは当然のことです。でも、一部の極端なケースがまるで「当たり前のこと」のように描かれているだけで、実態はもっと多様です。
不安を煽るニュースを見るたびに、「これは一部の事例であり、自分の状況とは違う可能性がある」という視点を持つことが、精神的な安定のためにとても重要です。
未来はもっと良くなる──AIとロボットが変える老後の姿
老後の不安を語るとき、もう一つ見落としがちなのが「技術の進歩」という視点です。和田氏は、これから20年以内に介護・生活支援ロボットが急速に普及し、老後の生活が今よりずっと安全で快適になると予測しています。
すでに、一人暮らしの高齢者の様子を見守るシステムや、体の動きを補助するロボットの実用化が進んでいます。AIの進化によって、介護ヘルパーを雇わなくても、最後まで自宅で安心して暮らせる時代が近づいているのです。
「技術の進歩」を老後設計に組み込む
もし老後の介護費用が大きく減るとしたら、今から必死にお金を貯め込む必要性も少し変わってくるかもしれません。もちろん、まったく備えなくてよいということではありません。でも、「最悪のシナリオ」だけを前提に人生設計をするのではなく、「未来はより良くなっていく」という楽観的な視点も持ち合わせることが、心豊かに生きるためには大切です。
社会保障制度も積極的に活用しよう
もう一つ大切なことは、「いざとなれば社会保障を使えばいい」という発想を持つことです。日本には生活保護制度があり、これは憲法で保障された権利です。消費税を払っている人はみんな税を納めているのですから、困ったときに使うことをためらう必要はありません。
実際、生活保護の利用率は日本ではOECD諸国の中で最低水準にあると言われており、本当に困っているのに制度を使えていない人が多いのが現状です。「最後の安全網(セーフティネット)」が存在することを知っておくだけでも、漠然とした不安は大きく和らぐはずです。
お金・健康・時間のバランスが「豊かな老後」のカギ
ここまで読んできて、「じゃあ、老後のお金はどう考えればいいの?」と思った方もいるかもしれません。
大切なのは、「老後の資金準備はするけれど、それだけに人生を費やさない」というバランスです。豊かで充実した幸せな生活には、お金だけでなく、健康と時間も不可欠です。
お金・健康・時間の「黄金トライアングル」
お金があっても健康がなければ、旅行も趣味も楽しめません。病気になってからお金を使おうとしても、体が動かないこともあります。
お金と健康があっても時間がなければ、大切な人と過ごすことも、好きなことに打ち込むこともできません。老後のために働き続けて、定年になったら体が動かなかった──そんな後悔をしないためにも、「今」にも投資する必要があります。
時間と健康があってもお金がなければ、行きたい場所に行けず、食べたいものも食べられません。ある程度の経済的な備えは、やはり必要です。
この3つのバランスをうまく保つことが、自分らしい豊かな人生を作り上げるためのカギになります。
「今を楽しむ投資」も立派な資産形成
投資と聞くと、株や投資信託など「将来のためにお金を増やす」行為を想像しがちです。でも、それだけが投資ではありません。今の自分の健康への投資、今の家族や友人との時間への投資、今の自己成長への投資も、長い人生を考えると非常に重要な「資産形成」です。
もちろん、NISAやiDeCoを活用した長期的な資産形成は重要です。老後2,000万円問題が話題になって以来、投資への関心は高まっており、2025年調査では約4割の人が「NISA活用」で老後資金を準備しようとしています。こうした制度を上手に使いながら、必要な備えを整えることは大切です。
でも同時に、「今の生活を犠牲にしてまで貯め込む必要はない」という視点も持っておきましょう。
まとめ:老後不安に振り回されず、今日を豊かに生きるために
精神科医・和田秀樹氏の言葉は、私たちに重要な問いかけをしています。「老後のために今を我慢する生き方」は、本当に正しいのか? と。
多くの高齢者が「元気なうちにもっとお金を使って楽しんでおけばよかった」と後悔している現実は、老後資金の準備を否定するものではありません。むしろ、「備えながら楽しむ」バランスを取ることが、いかに大切かを教えてくれています。
老後不安を感じることは自然なことですが、心配事の8割は現実にならないという研究結果や、介護保険・年金制度・生活保護などの社会保障の仕組みを知ることで、不安はかなり小さくなるはずです。さらに、AIやロボット技術の進歩によって、老後の生活コストは今より確実に下がっていく可能性も高いです。
豊かで幸せな人生のために必要なのは、お金・健康・時間の3つのバランスです。
老後のためだけでなく、今日の自分のためにも使い、動き、楽しむ。その積み重ねこそが、最終的に「後悔のない人生」につながるのではないでしょうか。
老後の備えはしっかりと、でも今を楽しむことも忘れずに。その絶妙なバランスを意識しながら、自分らしい人生を歩んでいきましょう!
