【インデックス投資の教科書㉟】年金の受け取り方で損得?繰上げ・繰下げ受給の判断基準

インデックス投資の教科書

前回は、資産取り崩しの一つの目安として注目される「4%ルール」について、その基本的な内容やメリット、そして日本で適用する際の注意点などを解説しました。出口戦略を考える上で参考になる考え方でしたね。

さて、インデックス投資などで準備する自分自身の資産(私的年金)と並んで、私たちの老後の生活を支える非常に重要な柱となるのが、「公的年金(老齢年金)」です。この公的年金、実は受け取り始める時期を自分で選べることをご存知でしょうか?

原則として65歳から受け取れる老齢年金を、それよりも早く受け取り始める「繰上げ受給」と、逆に遅らせて受け取り始める「繰下げ受給」という選択肢があります。この選択によって、毎月受け取れる年金額や、生涯で受け取る年金の総額が大きく変わってくるため、老後のキャッシュフロー計画において非常に重要な判断となります。

今回は、この公的年金の「繰上げ受給」と「繰下げ受給」の仕組み、それぞれのメリット・デメリット、そして「結局どっちが得なの?」という疑問に対する判断ポイントについて、分かりやすく解説していきます。

「繰上げ受給」とは?そのメリットとデメリットを理解する

まず、「繰上げ受給」について見ていきましょう。 繰上げ受給とは、原則として65歳から受け取れる老齢年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)を、本人の希望によって、60歳から64歳11ヶ月までの間に前倒しで受け取り始めることができる制度です。

繰上げ受給を選択する主なメリットは以下の通りです。

  1. 早くから年金収入を得られる これが最大のメリットでしょう。65歳を待たずに、早ければ60歳から年金を受け取れるため、例えば早期退職した場合の生活費の足しにしたり、60代前半で収入が減る期間の家計を補ったりすることができます。
  2. 生涯の総受給額が多くなるケースもある もし、平均寿命よりも早く亡くなってしまった場合などには、65歳から受け取り始めるよりも、早くから受け取り始めた方が、結果的に生涯で受け取る年金の総額が多くなる可能性があります。

一方、繰上げ受給には以下のようなデメリットもあります。

  1. 年金額が減額され、その減額率は一生涯続く これが最大のデメリットです。年金を1ヶ月繰り上げるごとに、年金額が一定の割合で減額されます。現在の制度では、1ヶ月あたり0.4%(2022年4月以降に60歳になる方の場合。それ以前の方は0.5%)減額され、例えば60歳0ヶ月から受け取り始めると、最大で24%(0.4%×60ヶ月)も年金額が少なくなります。そして、この減額された年金額が、一生涯続くことになります。
  2. 他の年金制度に影響が出ることがある 老齢基礎年金を繰り上げると、原則として障害基礎年金や寡婦年金を受け取ることができなくなる場合があります。また、遺族厚生年金などとの調整が行われることもあります。
  3. 一度選択すると取り消せない 繰上げ受給の請求手続きを行い、一度年金を受け取り始めると、後から「やっぱり65歳からにしたい」と思っても、取り消したり変更したりすることはできません。慎重な判断が必要です。

「繰下げ受給」とは?そのメリットとデメリットを理解する

次に、「繰下げ受給」について見ていきましょう。 繰下げ受給とは、原則として65歳から受け取れる老齢年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)を、本人の希望によって、66歳から最大で75歳までの間に遅らせて受け取り始めることができる制度です。

繰下げ受給を選択する主なメリットは以下の通りです。

  1. 年金額が増額され、その増額率は一生涯続く これが最大のメリットです。年金を1ヶ月繰り下げるごとに、年金額が一定の割合で増額されます。現在の制度では、1ヶ月あたり0.7%増額され、例えば70歳0ヶ月から受け取り始めると42%増、75歳0ヶ月から受け取り始めると最大で84%も年金額が多くなります。そして、この増額された年金額が、一生涯続くことになります。
  2. 長生きすればするほど、生涯の総受給額が多くなる 増額された年金を長期間受け取ることができれば、65歳から受け取り始めるよりも、生涯で受け取る年金の総額が結果的に多くなります。「人生100年時代」と言われる現代において、長生きリスクに備える有効な手段の一つと言えます。
  3. インフレ(物価上昇)への備えにもなる 将来、物価が大きく上昇した場合でも、増額された年金額を基準として受け取れるため、実質的な年金の価値を維持しやすくなるという側面もあります。

一方、繰下げ受給には以下のようなデメリットもあります。

  1. 年金を受け取らない期間が発生する 65歳から年金を受け取らずに遅らせるため、その期間の生活費は、他の収入(就労収入、企業年金、個人年金保険、NISAやiDeCoで準備した資産など)で賄う必要があります。
  2. 生涯の総受給額が少なくなるケースもある もし、平均寿命よりも早く亡くなってしまった場合などには、65歳から受け取り始めるよりも、繰り下げた方が、結果的に生涯で受け取る年金の総額が少なくなってしまう可能性があります。
  3. 加給年金や振替加算に影響が出ることがある 老齢厚生年金に加算される「加給年金」(一定の条件を満たす配偶者や子がいる場合に支給)は、繰下げ待機期間中は支給されません。また、配偶者の「振替加算」にも影響が出ることがあります。
  4. 一度申し出をすると取り消せない(ただし請求時期は柔軟) 繰下げの申し出をして、増額された年金を受け取り始めると、後から変更することはできません。ただし、繰下げの申し出自体は、66歳以降75歳までの間(75歳を過ぎても請求は可能)であれば、いつでも行うことができます。

「損益分岐点」だけで判断は危険!考慮すべき多様な要素

繰上げ受給と繰下げ受給を比較する際によく話題になるのが、「何歳まで生きれば、繰下げ受給の方が65歳受給よりも総受給額が多くなるのか?」といった「損益分岐点(クロスオーバーポイント)」の計算です。一般的に、繰下げ受給の場合、だいたい10年~12年程度(つまり75歳~77歳くらい)長生きすれば、65歳から受け取り始めるよりも総受給額が多くなると言われています。

しかし、この「損益分岐点」という数字だけで、ご自身の年金の受け取り開始時期を決めてしまうのは、少し早計かもしれません。なぜなら、お金の損得勘定以外にも、考慮すべき様々な個人的な要素があるからです。

以下に、受給開始時期を判断する上で、総合的に考慮したい主な要素を挙げてみます。

  • あなた自身の健康状態と平均余命に対する考え方
  • 60代前半から後半にかけての生活費の見込み
  • 年金以外の収入源(就労収入、企業年金、個人年金、iDeCoやNISAなどの資産収入)の有無や金額
  • いつまで働くか、どのように働くか、といったリタイアメントプラン
  • 配偶者の年金受給状況や、扶養している家族の有無などの家族構成
  • 将来のインフレ(物価上昇)に対する懸念
  • 年金額の増減が、所得税・住民税や、国民健康保険料・介護保険料などの社会保険料に与える影響
  • 「少しでも早くからもらって安心したい」「将来のために少しでも多く受け取りたい」といった、あなた自身の精神的な安心感や価値観

これらの要素は、人それぞれ大きく異なります。ですから、損益分岐点の年齢はあくまで参考の一つとしつつ、ご自身のライフプラン全体の中で、どの受け取り方が最も自分に合っているのかをじっくりと考えることが大切です。

まとめ:自分にとって最適な受給開始時期を見極めるために

今回は、老後の生活を支える公的年金の「繰上げ受給」と「繰下げ受給」について、その仕組みとメリット・デメリット、そして判断のポイントを解説しました。

  • 繰上げ受給:早くからもらえるが年金額は減る(一生涯)。他の年金に影響も。
  • 繰下げ受급:もらい始めは遅いが年金額は増える(一生涯)。長生きすればお得。
  • 判断基準:「損益分岐点」だけでなく、健康状態、生活費、他の収入、働き方、家族、税金、価値観など、多角的に考慮する。

公的年金の受け取り開始時期の選択に、誰にでも当てはまる「唯一絶対の正解」というものはありません。それぞれのメリット・デメリットを正しく理解した上で、ご自身の状況や価値観に照らし合わせ、最も納得のいく判断をすることが何よりも重要です。

もし判断に迷う場合は、日本年金機構の「ねんきんダイヤル」や年金事務所の窓口で相談したり、信頼できるファイナンシャルプランナーなどの専門家のアドバイスを求めたりするのも良いでしょう。

老後の生活設計において非常に重要な選択となりますので、できるだけ早い段階から情報収集を始め、ご自身のライフプランと照らし合わせながら、じっくりと検討を始めてみてください。

さて、老後の収入源として公的年金は非常に重要ですが、それだけで十分とは言えないケースも少なくありません。次回は、そうした場合に備えるための一つの選択肢として、「個人年金保険」について考えてみたいと思います。

次回の第36回は、「個人年金保険は必要?インデックス投資との比較で考える」と題して、民間の保険会社が提供する個人年金保険の仕組みや特徴、そしてインデックス投資と比較した場合のメリット・デメリットについて解説します。お楽しみに!

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