前回は、インデックス投資が「退屈だ」と感じてしまう心理と、その「退屈さ」を乗り越えて投資を継続していくための具体的なコツについてお話ししました。地味に見えるかもしれませんが、その堅実さが長期的な成功につながるのでしたね。
さて、これまでこの連載では、インデックス投資を通じて資産を「積み上げていく(アキュムレーション)」方法を中心に学んできました。投資目標を設定し、アセットアロケーションを考え、低コストなインデックスファンドを選び、NISAやiDeCoといった制度を活用しながら、コツコツと資産を育てていく。ここまでは、いわば資産形成の「前半戦」です。
今回は、その「後半戦」、つまり、一生懸命育ててきた大切な資産を、最終的に「どのように使っていくのか(取り崩していくのか)」という、非常に重要な「出口戦略(デキュムレーション戦略)」について、基本的な考え方を解説していきます。投資は「増やすこと」だけでなく、「上手に使うこと」もセットで考えてこそ、真のゴールが見えてくるのです。
資産形成の「その先」へ。出口戦略の重要性とは?
「まだ資産を積み上げ始めたばかりなのに、もう出口のことを考えるの?」 そう思う方もいるかもしれませんね。しかし、出口戦略を事前に、それもできるだけ早い段階から具体的に考えておくことには、たくさんのメリットがあります。
- 将来への漠然とした不安が軽減される:「いつまで働けばいいんだろう…」「老後のお金は足りるのかな…」といった不安は、具体的な計画がないからこそ大きくなるものです。出口戦略を考えることで、目標がより明確になり、精神的な安定につながります。
- 計画的な資産活用が可能になる:いつ、どのようにお金を使っていくかの見通しが立つことで、より充実した人生設計を描くことができます。
- 予期せぬ事態への備えにもなる:病気やケガなど、もしもの時に備えて、どの資産をどのように活用するかをあらかじめ考えておくことができます。
- 資産形成のモチベーション維持に繋がる:具体的な出口(ゴール)が見えることで、日々の積立投資に対するモチベーションも維持しやすくなります。
つまり、出口戦略を考えることは、単に「お金の使い方」を決めるだけでなく、より安心して、より豊かに生きるための羅針盤を手に入れることでもあるのです。
「いつ」取り崩しを始める?ライフプランとゴール設定
では、資産の取り崩しは、具体的に「いつ」から始めるのが良いのでしょうか? これには画一的な答えはなく、個人のライフプランや価値観、そして資産形成の目的によって大きく異なります。主な考え方としては、以下のようなタイミングが挙げられます。
- 定年退職など、定期的な勤労収入がなくなるタイミング 最も一般的なのは、やはり老後の生活資金として活用するために、定年退職などを機に取り崩しを始めるケースでしょう。公的年金の受給開始年齢なども考慮しながら、不足する生活費を補う形になります。
- 特定の大きなライフイベントが発生するタイミング 子供の大学進学費用、住宅ローンの完済、家のリフォーム、あるいは大きな旅行や趣味への投資など、まとまった資金が必要となるライフイベントに合わせて、一部または全部を取り崩すという考え方です。
- 当初設定した目標金額に到達したタイミング 「資産1億円を達成したら、早期リタイアして趣味に生きる!」といったように、具体的な目標金額を設定し、それに到達した時点で取り崩しを開始する、という方もいます。
- アーリーリタイア(FIRE)を目指す場合のタイミング 近年注目されているFIRE(Financial Independence, Retire Early:経済的自立と早期リタイア)を目指す場合、その目標達成年齢が、取り崩し開始のタイミングとなります。
大切なのは、ご自身の人生設計の中で、「いつ頃、どのような生活を送りたいか」「そのために、いつ、どれくらいのお金が必要になりそうか」を具体的にイメージし、それに基づいて取り崩し開始のタイミングを検討することです。
「どうやって」取り崩す?主な方法とそれぞれの特徴
取り崩しを始めるタイミングが決まったら、次に考えるのは「どのように」資産を取り崩していくか、その具体的な方法です。主な方法としては、以下の3つが挙げられます。
- 定額取り崩し方式 これは、毎月または毎年、あらかじめ決めた「一定の金額」を、資産の中から生活費などとして取り崩していく方法です。例えば、「毎月10万円ずつ受け取る」といった形です。
- メリット:毎月の収入額が安定するため、生活の計画が立てやすいという点が挙げられます。
- デメリット:市場が大きく下落している局面でも、同じ金額を取り崩し続けると、資産の目減りが早まってしまい、結果的に資産寿命が想定よりも短くなってしまうリスクがあります。
- 定率取り崩し方式 こちらは、毎月または毎年、その時点での「資産残高の一定の割合(%)」を取り崩していく方法です。例えば、「毎年、年末時点の資産残高の4%を取り崩す」といった形です。
- メリット:資産残高に応じて取り崩し額が変動するため、資産が急激に減るリスクを抑えやすく、資産寿命を延ばしやすいと言われています。市場の大きな変動にも、ある程度自動的に対応できる柔軟性があります。
- デメリット:取り崩し額が毎月(毎年)変動するため、月々のキャッシュフローが不安定になり、生活費の管理がやや難しくなる可能性があります。
- 必要に応じて都度取り崩す方式 上記のような明確なルールを設けず、大きな支出が必要になった時などに、その都度、状況を判断して必要な分だけを取り崩していく方法です。
- メリット:非常に柔軟性が高く、突発的な出費にも対応しやすいという点が挙げられます。
- デメリット:計画性が乏しくなりがちで、感情的な判断で使いすぎてしまったり、逆に必要な時にもったいないと感じて引き出しをためらってしまったりする可能性があります。
これらの方法にはそれぞれ一長一短があり、どれが最適かは一概には言えません。また、近年では「4%ルール」(毎年、資産総額の4%を取り崩していけば、高い確率で30年以上資産が持続するという経験則)といった、具体的な取り崩し戦略も注目されています。これらの方法を参考にしつつ、場合によっては複数の方法を組み合わせることも有効でしょう。(4%ルールについては、今後の連載で詳しく触れる予定です。)
出口戦略を考える上で考慮すべき重要ポイントと注意点
効果的で、かつ安心して実行できる出口戦略を立てるためには、いくつかの重要なポイントや注意点を押さえておく必要があります。
- インフレ(物価上昇)のリスク 長い老後期間中には、物価が上昇していく可能性があります。現在価値で「毎月20万円あれば十分」と考えていても、20年後、30年後には、同じ20万円では同じ生活水準を維持できなくなっているかもしれません。取り崩し額を設定する際には、インフレも考慮に入れる必要があります。
- 長生きリスク(資産寿命の問題) 人生100年時代と言われる現代において、想定していたよりも長生きした場合に、途中で資産が枯渇してしまわないか、という「長生きリスク」も真剣に考える必要があります。
- 税金と社会保険料への影響 NISA口座で運用していた資産は、取り崩し時(売却時)の利益も非課税ですが、それ以外の特定口座などで運用していた資産の売却益には、約20%の税金がかかります。また、年金形式で受け取る場合や、取り崩した資産を収入として計上する場合、公的年金と合算されて所得が増え、その結果として国民健康保険料や介護保険料などの社会保険料が増加する可能性も考慮しておく必要があります。
- 「運用を続けながら取り崩す」という選択肢 育て上げた資産を、ある時点で全て現金化して、そこから少しずつ使っていく、という方法だけが出口戦略ではありません。例えば、資産の大部分は引き続きインデックスファンドなどで運用を継続し、その運用益の一部や、必要な分だけを定期的に売却して取り崩していく、という「運用しながら取り崩す」アプローチも非常に有効です。これにより、資産が完全に枯渇するリスクを低減し、インフレにも対抗しやすくなる可能性があります。
- 定期的な戦略の見直しと柔軟性 一度立てた出口戦略が、未来永劫完璧であるとは限りません。ご自身のライフプランの変化(例えば、予想外の病気や家族構成の変化など)、健康状態、あるいは市場環境の大きな変化などに応じて、出口戦略も定期的に見直し、必要であれば柔軟に修正していく姿勢が大切です。
まとめ:出口戦略は「自分だけの答え」を見つける長い旅
今回は、インデックス投資における「出口戦略」の基本的な考え方について解説しました。
- 出口戦略の重要性:計画的な資産活用と将来不安の軽減に繋がる。
- 「いつ」取り崩すか:ライフプランや目標と照らし合わせて検討する。
- 「どうやって」取り崩すか:定額取り崩し、定率取り崩し、都度取り崩しなど、特徴を理解して選択。
- 考慮すべきポイント:インフレ、長生きリスク、税金、運用継続、戦略の見直しなど。
出口戦略には、「これが唯一絶対の正解だ」というものは存在しません。あなたの価値観、ライフスタイル、家族構成、健康状態、そしてもちろん資産状況など、様々な要因によって、最適な方法は一人ひとり異なります。
大切なのは、できるだけ早い段階から、この「出口」について考え始め、様々な情報を収集し、必要であれば専門家のアドバイスも受けながら、時間をかけて自分自身が心から納得できる「自分だけの答え」を見つけていくプロセスそのものです。
出口戦略を具体的に考えることは、日々の資産形成のモチベーションを維持することにも繋がりますし、漠然とした将来への不安を具体的な計画に変えることで、より豊かで安心感のある人生設計を描く上でも、きっと役立つはずです。
さて、出口戦略を考える上でよく話題になる「4%ルール」について、次回はもう少し詳しく掘り下げてみたいと思います。
次回の第34回は、「FIRE(早期リタイア)でも話題!資産取り崩しの『4%ルール』とは?」と題して、資産を長持ちさせるための取り崩し戦略の一つである「4%ルール」の具体的な内容や、そのメリット・デメリットについて解説します。お楽しみに!