前回は、国際分散投資が「最強」ではないかもしれないけれど、未来予測の難しさやリスク分散の観点から「合理的」な選択肢である、というお話をしました。
さて、その国際分散投資、つまり海外の資産に投資する際に、私たちが必ず意識しなければならない要素があります。それが今回のテーマ、「為替リスク」です。
ニュースで「円高になった」「円安が進んだ」といった言葉を耳にする機会も多いですよね。この為替の動きが、実はあなたの海外投資の成果に直接影響してくるのです。今回は、この為替リスクの基本的な仕組みと、国際分散投資を行う上でどう向き合っていけば良いのかについて、考えていきましょう。
国際分散投資の「もう一つの顔」:通貨の分散
まず理解しておきたいのは、海外の株式や債券といった資産に投資するということは、見方を変えれば、その国の「通貨」にも投資しているのと同じ意味合いを持つ、ということです。
例えば、あなたがアメリカの企業の株式に投資するファンド(投資信託)を買ったとします。そのファンドは、あなたから集めた日本円を米ドルに換えて、アメリカの株式を購入します。つまり、あなたは間接的に「米ドル」という通貨を保有していることになるわけです。
同様に、ヨーロッパの資産に投資すればユーロ、中国の資産に投資すれば人民元といったように、投資先の国の通貨を保有することになります。
ですから、世界中の国々に投資する「国際分散投資」は、投資先の国や地域を分散させるだけでなく、同時に様々な国の「通貨」に分散投資している、という側面も持っているのです。
「為替リスク」って具体的にどんなリスク?
では、「為替リスク」とは具体的にどのようなリスクなのでしょうか?
それは、異なる通貨を交換するときの比率である「為替レート」が変動することによって、あなたが保有している外貨建て資産(例:米ドル建ての株式)を、日本円に換算したときの価値が変わってしまうリスクのことです。
ここで、円高・円安の基本をおさらいしましょう。(1ドル=100円を基準とします)
- 円高:円の価値が上がること(例:1ドル=90円になる)。少ない円で1ドルを買えるようになる。
- 円安:円の価値が下がること(例:1ドル=110円になる)。1ドルを買うのにより多くの円が必要になる。
この円高・円安が、海外資産の価値にどう影響するのでしょうか?
- 円高になった場合: 例えば、あなたが1万ドル分の米国株を持っていたとします。株価自体が変わらなくても、為替レートが1ドル100円から1ドル90円(円高)になると、円換算での価値は100万円(1万ドル×100円)から90万円(1万ドル×90円)に減ってしまいます。海外資産にとってはマイナスの影響です。
- 円安になった場合: 逆に、為替レートが1ドル100円から1ドル110円(円安)になると、円換算での価値は100万円から110万円(1万ドル×110円)に増えます。海外資産にとってはプラスの影響です。
このように、投資先の資産自体の価値が変わらなくても、為替レートの変動だけで、円で見たときの損益が発生してしまう。これが「為替リスク」なのです。
為替変動はどうして起こるの?予測は可能?
では、この為替レートは、なぜ変動するのでしょうか?
為替レートは、二国間の通貨の需要と供給のバランスによって決まりますが、そのバランスに影響を与える要因は非常に多岐にわたります。
- 各国の経済成長率の見通し
- 金利水準の差
- 物価上昇率(インフレ率)の違い
- 貿易収支(輸出入のバランス)
- 政治的な安定性や地政学的リスク
- 大口投資家の動向や市場参加者の心理
など、様々な要因が複雑に絡み合って、為替レートは常に変動しています。
これだけ多くの要因が影響するため、将来の為替レートの動きを正確に予測することは、金融の専門家やエコノミストであっても極めて困難です。「来月は円高になる」「来年は円安だ」といった予測はよく聞かれますが、それが当たる保証はどこにもありません。
ですから、私たち個人投資家としては、為替レートの変動は「予測できないもの」として認識しておくことが大切です。
インデックス投資における為替リスクとの向き合い方
「予測できないなら、為替リスクはどうしようもないの?」 「国際分散投資は、結局やめた方がいいのかな…?」
そう不安に思うかもしれませんね。しかし、国際分散型のインデックス投資を行う上では、為替リスクに対して以下のような考え方で向き合うのが一般的です。
- 「通貨の分散効果」に期待する 全世界株式ファンドのように、多数の国の資産に投資している場合、投資先の通貨も米ドル、ユーロ、ポンド、スイスフラン、豪ドル…など、多岐にわたります。これにより、特定の通貨(例えば米ドル)が円に対して大きく値下がり(円高)したとしても、他の通貨が円に対して値上がり(円安)すれば、その影響がいくらか相殺される可能性があります。通貨自体も分散されていることで、リスクを緩和する効果が期待できるのです。
- 「長期的な視点」を持つ 短期的に見れば、為替レートの変動が投資成果に大きな影響を与えることもあります。しかし、10年、20年といった長期的な視点で見ればどうでしょうか。為替レートは上がったり下がったりを繰り返すことが多く、長期で見ればその影響は平準化されていく可能性があります。また、為替変動による影響よりも、投資先の資産そのものの成長(株価の上昇など)の方が、長期的にはリターンへの貢献度が大きくなることに期待する、という考え方もあります。
- 「為替ヘッジ」は基本的に不要? 投資信託の中には、「為替ヘッジあり」と「為替ヘッジなし」という選択肢がある場合があります。「為替ヘッジ」とは、為替変動による影響を抑えるための仕組みですが、これを利用するには別途コスト(ヘッジコスト)がかかります。また、円安になった場合に得られるはずの為替差益も享受できなくなります。長期的な国際分散投資においては、ヘッジコストがかかることや、通貨分散効果を打ち消してしまうことなどから、一般的には「為替ヘッジなし」のファンドを選ぶことが多いとされています。
為替リスクは「コントロールできないもの」と割り切る勇気
投資を行う上で、私たちが自分でコントロールできることと、できないことがあります。
- コントロールできること:投資する金額、どの資産クラスに投資するか(アセットアロケーション)、どのファンドを選ぶか(コスト)、いつ売買するか(タイミング※ただし推奨されない)など。
- コントロールできないこと:市場全体の価格変動、そして今回テーマの「為替レートの変動」など。
為替リスクは、国際分散投資を行う以上、基本的には受け入れざるを得ないものです。それを無理にコントロールしようとしたり、短期的な為替の動きを読んで利益を得ようとしたりするのは、非常に難しく、多くの場合うまくいきません。
むしろ、為替リスクは、国際分散投資によって得られるメリット(カントリーリスクの低減、世界経済の成長享受など)を得るための「必要経費」あるいは「受け入れるべき不確実性」と捉え、ある意味で「割り切る」ことも大切です。
短期的な為替レートのニュース(円高が進んだ、円安が記録的だ、など)に一喜一憂するのではなく、ご自身が決めた投資目標とアセットアロケーションに基づき、長期的な視点で淡々と投資を続けていく。このマインドセットを持つことが、為替リスクと上手に付き合っていくための鍵となるでしょう。
まとめ:為替リスクを理解し、長期目線で向き合おう
第14回の今回は、国際分散投資を行う上で避けて通れない「為替リスク」について、その基本的な仕組みと考え方を解説しました。
- 為替リスクとは:為替レートの変動により、外貨建て資産の円換算価値が変わるリスク。円高はマイナス要因、円安はプラス要因。
- 予測は困難:為替レートの変動要因は複雑で、正確な予測は極めて難しい。
- 国際分散投資での考え方:通貨も分散されている効果に期待し、長期的な視点を持つことが基本。為替ヘッジはコスト等から長期では一般的でない。
- 心構え:為替リスクはコントロールできないものと認識し、短期的な変動に惑わされず、長期的な資産形成という本来の目的に集中する。
為替リスクを正しく理解し、過度に恐れることなく、長期的な視点でどっしりと構えることが、国際分散投資を成功させるための重要なポイントです。
さて、為替リスクについて理解したところで、次回は少しテクニカルな話、「ドルコスト平均法」について見ていきます。これは、積立投資を行う上でよく聞かれる手法ですが、その本当の意味や効果について、誤解も多いようです。
次回の第15回は、「ドルコスト平均法は損も得もしない投資手法?誤解を解き明かす」と題して、このドルコスト平均法の仕組みとメリット・デメリットについて、詳しく解説していきます。お楽しみに!