「うちの会社、持ち株会を始めたらしいけど、入った方がいいのかな?」
「奨励金も出るみたいだし、お得な気がする…」
会社で働いていると、一度は「従業員持ち株会」への加入を勧められた経験があるかもしれませんね。最近、日本経済新聞でも「株式報酬、従業員を資本家に」という見出しで、企業が従業員に株式を持たせる動きが加速していると報じられました。
記事によると、総合商社の丸紅では、特別な奨励金を導入したことで持ち株会の加入率が5割から96%に急上昇したそうです。第一生命ホールディングスのように、全従業員に株式を配る「株式報酬制度」を導入する企業も増えており、2025年6月末時点でその数は1200社を超え、10年前の4倍にもなっているとのこと。
なぜ企業は、これほどまで従業員に自社の株を持ってほしいのでしょうか?
その背景には、「経営に関心を持って、もっと頑張ってほしい!」という経営への参加意識の向上や、「物言う株主が増えているから、安定した株主を増やしたい」といった安定株主の確保などの企業の狙いがあります。
給与天引きで手軽に始められて、会社によっては奨励金(おまけのお金)まで付けてくれる。従業員にとっては、会社の成長の恩恵を直接受けられる、夢のような制度に見えるかもしれません。
しかし、その手軽さと魅力の裏には、投資初心者こそ知っておくべき大きな「リスク」が潜んでいます。
この記事では、「なんとなくお得そう」という理由だけで持ち株会に加入する前に、ぜひ知っておいてほしいデメリットと、あなたの資産を危険に晒さないための賢い付き合い方を、投資初心者の方にも分かりやすく徹底解説していきます。
まずは基本から!従業員持ち株会のメリットと仕組み
リスクの話をする前に、まずは従業員持ち株会がどんな制度なのか、その基本的な仕組みとメリットを整理しておきましょう。なぜ多くの人が魅力を感じるのかが分かりますよ。
従業員持ち株会の仕組みって?
とてもシンプルです。
- 毎月、給料から自動的に天引きで、自社の株を買うためのお金が積み立てられます。
- そのお金は「持ち株会」という組織に集められ、まとめて会社の株の購入に使われます。
- 購入した株は、拠出した金額に応じてあなたに割り当てられます。
自分で証券口座を開いて、株価をチェックして、「よし、今だ!」と注文する…といった手間は一切ありません。まさに、ほったらかしで自社株投資ができてしまうのです。
最大の魅力!「奨励金(しょうれいきん)」
持ち株会の一番のメリットと言っても過言ではないのが、この『奨励金』です。インセンティブとも呼ばれますね。
これは、あなたが積み立てた金額に対して、会社が数%のお金を上乗せしてくれる制度です。
例えば、毎月1万円を積み立てるとします。もし奨励金が10%なら、会社が1,000円をプラスしてくれて、合計11,000円分の株が買えるのです。つまり、拠出した瞬間に10%の利益が確定しているようなもの!銀行の預金金利が0.001%といったこの時代に、これはとてつもないメリットですよね。
他にもある!持ち株会のメリット
- 少額から始められる: 通常、株は100株単位(単元株)でないと買えないことが多いですが、持ち株会なら月々1,000円といった少額から始められます。
- ドルコスト平均法の効果: 毎月決まった金額を積み立てるので、株価が高い時には少なく、安い時には多く株を買うことになり、購入単価が平準化される効果(ドルコスト平均法)が期待できます。
- インサイダー取引の心配なし: 会社の内部情報を知っていても、定期的に定額を買い付ける持ち株会ならインサイダー取引の規制対象外。面倒なことを考えずに自社株が買えます。
どうでしょう?こうして見ると、「やらない理由がないのでは?」と感じるほど魅力的に思えますよね。しかし、ここからが本題です。これらのメリットを踏まえた上で、次に解説する決定的なリスクについて考えてみましょう。
本題 – なぜ「持ち株会は危険」と言われるのか?最大のデメリットを深掘り
さて、ここからがこの記事の最も重要なポイントです。なぜ、あれほどメリットがあるように見える持ち株会が「危険だ」「やめとけ」と言われることがあるのでしょうか。
その答えは、投資の世界で古くから言われている、この一つの格言に集約されています。
『卵は一つのカゴに盛るな(Don’t put all your eggs in one basket.)』
これは、「大切な卵(資産)を一つのカゴ(投資先)に入れておくと、そのカゴを落とした時に全部割れてしまう。複数のカゴに分けておけば、一つのカゴを落としても他の卵は無事だ」という意味で、「分散投資」の重要性を説いた言葉です。
そして、従業員持ち株会は、この格言のまさに真逆を行く『集中投資』に他なりません。しかも、ただの集中投資ではない、非常に特殊でリスクの高いものなのです。
あなたの「給料」と「資産」が運命共同体に
持ち株会に加入するということは、あなたの『人的資本(働くことで得る給料)』と『金融資本(貯蓄や投資などの資産)』の両方を、“あなたの会社”というたった一つのカゴに入れることを意味します。
これが、どういう事態を引き起こすか、会社の業績が良い時と悪い時でシミュレーションしてみましょう。
- 絶好調の時(シナリオA) 会社の業績が良く、株価は右肩上がり。業績が良いので、あなたの給料やボーナスもアップ!持ち株会で買い増してきた自社株の評価額もどんどん膨らみ、まさにウハウハの状態です。これは、自分の会社にレバレッジ(てこの原理)をかけて、資産を大きく増やせている状態と言えます。
- 絶不調の時(シナリオB) 会社の業績が悪化し、株価はどんどん下落。業績不振のあおりを受け、給料はカット、ボーナスも大幅減…最悪の場合、リストラの対象になるかもしれません。給料が減って生活が苦しくなる中、頼みの綱である持ち株会の資産も、株価下落で大きく目減り。まさに『ダブルパンチ』です。
そして、考えたくはありませんが、最悪のシナリオも想定しなければなりません。
- 倒産してしまった時(最悪のシナリオ) 会社が倒産すれば、あなたは職を失い、給与収入がゼロになります。そして、あなたがコツコツと積み立ててきた持ち株会の株式の価値も、ゼロになります。
給料という安定収入と、将来のために築いてきた資産の両方を、一瞬にして失ってしまう可能性があるのです。過去には、JALや山一證券といった大企業でさえ、経営破綻によって従業員の持ち株が紙くず同然になった悲しい歴史があります。
自分の会社は絶対に大丈夫…そう信じたい気持ちはよく分かります。しかし、10年後、20年後に何が起こるかを正確に予測できる人はいません。だからこそ、「卵は一つのカゴに盛ってはいけない」のです。
それでも持ち株会をやる?リスクを抑える賢い付き合い方と出口戦略
「持ち株会のリスクは分かった。でも、やっぱり奨励金は魅力的…」 「もうすでに入ってしまっているんだけど、どうすればいいの?」
そう思われた方も多いでしょう。持ち株会は、決して「絶対悪」というわけではありません。リスクを正しく理解し、コントロールすることで、そのメリットを享受することも可能です。ここでは、持ち株会との「賢い付き合い方」を2つご紹介します。
戦略1: 「奨励金ハンター」に徹し、拠出は最小限に!
持ち株会の最大のメリットは、拠出した瞬間に利益が上乗せされる「奨励金」でしたよね。ならば、そのメリットだけを最大限に享受するという考え方です。
- 拠出額を、奨励金がもらえる最低金額に設定する。
- ボーナス月の増額設定などはせず、あくまで毎月コツコツと少額を続ける。
こうすることで、万が一株価が下がったとしても、奨励金がクッションとなり、損失をある程度カバーできます。資産形成のメインではなく、あくまで「福利厚生の一つ」として割り切り、お小遣い稼ぎの感覚で付き合うのがポイントです。
戦略2: 最も重要!定期的に売却して分散投資する「出口戦略」
持ち株会を続ける上で最も重要なのが、この「出口戦略」です。つまり、どうやって持ち株を売却し、現金化するかをあらかじめ決めておくことです。
多くの持ち株会では、積み立てた株が100株などの『単元株』に達すると、持ち株会から引き出して、個人の証券口座に移すことができます。
【具体的なステップ】
- 証券会社の口座を開設する。(ネット証券なら手数料も安く、スマホで簡単に開設できます)
- 持ち株が単元株に達したら、自分の証券口座に移管(引き出し)手続きをする。(手続きは会社の担当部署に確認しましょう)
- 証券口座に移した株を、好きなタイミングで売却する。
- 売却して得た資金で、NISAなどを活用し、全世界株式などのインデックスファンドを購入する。
このサイクルを繰り返すことで、どうなるでしょうか?
そうです。自社株という「一つのカゴ」に集中していた資産を、世界中の様々な企業に投資する「たくさんのカゴ」に分け直すことができるのです。
これにより、持ち株会の「奨励金」というメリットを享受しつつ、「集中投資」という最大のデメリットを解消できます。面倒に感じるかもしれませんが、あなたの資産を守るためには非常に重要な作業です。
ただし、株を売却する際は、会社の重要な内部情報を知っている場合はインサイダー取引に抵触する可能性があるので、会社のルールを必ず確認するようにしてくださいね。
持ち株会だけに頼らない!投資初心者が本当に始めるべき資産形成術
ここまで、持ち株会のリスクと賢い付き合い方について解説してきました。
持ち株会は、あくまで資産形成の「サテライト(脇役)」として捉えるのが賢明です。では、あなたの資産形成の「コア(中核)」には、何を据えるべきなのでしょうか?
投資初心者の方にこそ、自信を持っておすすめしたいのが、国が用意してくれたおトクな制度『NISA(ニーサ)』を活用した資産形成です。
なぜNISAがいいの?
通常、投資で得た利益には約20%の税金がかかります。100万円の利益が出ても、手元に残るのは約80万円になってしまうのです。
しかし、NISA口座内で得た利益には、この税金が一切かかりません。100万円の利益は、まるまる100万円あなたのものになります。これを使わない手はありませんよね。2024年から新NISA制度が始まり、生涯にわたって非課税で投資できる金額も大幅にアップし、さらに使いやすくなりました。
何に投資すればいいの?
NISAという「おトクな箱」は用意できました。では、その箱の中に何を入れれば良いのでしょうか。
投資初心者の方におすすめなのは、『インデックスファンド』への積立投資です。
インデックスファンドとは、日経平均株価や、アメリカのS&P500といった「株価指数(市場全体の平均点)」に連動することを目指す投資信託のことです。一つの商品を買うだけで、何百、何千もの企業に自動的に分散投資してくれる、いわば「パッケージ商品」なのです。
特に「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」のような商品は、通称「オルカン」とも呼ばれ、これ一本で世界中の先進国から新興国まで、あらゆる国の企業に丸ごと投資できます。まさに「卵を世界中のカゴに盛る」を実践できる商品なのです。
資産形成の王道は「長期・積立・分散」
持ち株会のように、一つの企業の株価に一喜一憂するのではなく、
- 長期(10年、20年単位で)
- 積立(毎月コツコツと定額で)
- 分散(世界中の資産に)
で投資を続けること。これが、一時的な経済の浮き沈みに振り回されず、着実に資産を築いていくための王道です。
まずはNISA口座を開設し、月々5,000円でも1万円でも良いので、全世界株式のインデックスファンドを積み立ててみることから始めてみてはいかがでしょうか。持ち株会とは別に、こうした堅実な資産形成の土台を築くことが、あなたの未来の安心に繋がるはずです。
まとめ
さて、今回は「従業員持ち株会」をテーマに、そのメリットから、あまり語られることのない大きなリスク、そして賢い付き合い方までを詳しく解説してきました。最後に、この記事の重要なポイントを振り返ってみましょう。
- 持ち株会は「奨励金」が大きな魅力だが… 会社がお金を上乗せしてくれる「奨励金」は非常にお得。しかし、その魅力だけで安易に加入を決めるのは危険です。
- 最大のリスクは「給料と資産の集中」 あなたの収入源(給料)と資産(株)を、一つの会社に集中させてしまうのが持ち株会の本質。会社の業績が悪化すると、給料と資産が同時に減る「ダブルパンチ」のリスクを常に抱えています。
- 賢く付き合うなら「少額」と「定期的な売却」が鉄則 もし持ち株会をやるなら、拠出額は奨励金がもらえる最小限に。そして、単元株に達したら必ず引き出して売却し、得た資金をNISAなどで全世界に分散投資することが、あなたの資産を守るための「出口戦略」です。
- 資産形成の王道はNISAを活用した「長期・積立・分散」投資 持ち株会はあくまで福利厚生の一つと捉え、資産形成のメインには、税金がお得になるNISA制度を活用しましょう。全世界株式インデックスファンドなどを毎月コツコツ積み立てることが、将来の安心を作るための最も堅実な一歩です。
会社を愛し、その成長を信じることは素晴らしいことです。しかし、それと、あなたの全資産を会社に賭けることは全く別の話。大切なのは、リスクを正しく理解し、賢く制度と付き合い、そして何よりもあなたの資産を守るための「分散」を常に意識することです。
この記事が、あなたの資産形成の第一歩を考えるきっかけになれば幸いです。まずはご自身の会社の持ち株会の規約を確認し、それと並行してNISA口座の開設から検討してみてはいかがでしょうか。