前回は、毎月の積立金額をどう決めるか、無理なく続けるための考え方についてお話ししました。家計と目標のバランスを見ながら、まずは少額からでも始めることが大切でしたね。
さて、この連載では「国際分散投資」の合理性についても触れてきました(第10回、第13回)。世界中の資産に投資することで、リスクを分散し、世界経済の成長を取り込もうという考え方です。しかし、海外の資産に投資する際には、どうしてもついて回る問題があります。それが「為替(かわせ)」の変動です。
第14回でも為替リスクの基本的な仕組みには触れましたが、今回はその「向き合い方」に焦点を当てます。「為替の動きは読めない」という前提に立った上で、私たち個人投資家は、この為替変動のリスクとどう付き合っていけば良いのでしょうか?その考え方や心構えについて、改めて整理していきましょう。
国際分散投資の「もう一つの顔」:通貨の分散(再確認)
まず基本的なこととして、海外の株式や債券に投資するということは、日本円をその国の通貨(米ドル、ユーロなど)に換えて投資することを意味します。つまり、あなたは投資先の資産だけでなく、その国の「通貨」も同時に保有していることになるのです。
例えば、全世界株式インデックスファンドに投資するということは、アメリカ株(米ドル建て)、ヨーロッパ株(ユーロ建て)、イギリス株(ポンド建て)、日本株(円建て)…といったように、世界中の様々な国の資産に投資すると同時に、様々な国の「通貨」にも分散して投資している、ということになります。
この「通貨の分散」は、為替リスクを考える上で重要なポイントの一つです。
なぜ為替変動は「読めない」のか?(復習と深掘り)
では、その為替レートはなぜ変動し、そしてなぜ「読めない」のでしょうか?
為替レートは、日々、刻々と変動しています。その背景には、
- 各国の経済成長率や景気の見通し
- 中央銀行が決める政策金利の水準
- 物価の上昇率(インフレ率)
- 貿易収支(輸出と輸入のバランス)
- 国の財政状況や政治的な安定性
- 大きなニュースやイベント
- 投資家たちの心理や思惑
など、本当にたくさんの要因が複雑に絡み合っています。これらの要因が互いに影響し合いながら、通貨の需要と供給のバランスを変化させ、結果として為替レートが動くのです。
これだけ多くの要因が絡み合っているため、短期的な為替の動きを予測することはもちろん、中長期的なトレンドでさえも正確に見通すことは、プロのエコノミストや為替ディーラーにとっても極めて困難です。「来週は円高」「来年は円安」といった予測を目にすることはありますが、それが当たるかどうかは誰にも分かりません。
私たち個人投資家にとっては、「為替の動きは基本的に読めないもの」という前提に立つことが、まず重要になります。予測しようとすること自体が、時間と労力の無駄になってしまう可能性が高いのです。
「読めない」ものにどう対処する?基本的な考え方
予測できない為替変動に対して、私たちはどのように考え、対処していけば良いのでしょうか? 国際分散投資を行う上での基本的なスタンスを3つご紹介します。
- 為替リスクは「必要コスト」と割り切る 国際分散投資を行うことで、私たちはカントリーリスクを分散し、世界経済の成長を取り込むという大きなメリットを得ようとしています。為替変動によるリスクは、そのメリットを得るために受け入れなければならない、ある種の「コスト」や「入場料」のようなものだと考えることができます。メリットを享受するためには、ある程度の不確実性は受け入れる、という割り切りも必要です。
- 徹底して「長期目線」を貫く 数ヶ月や1〜2年といった短い期間で見ると、為替の変動が投資リターンに大きな影響を与えることがあります。しかし、10年、20年、30年といった長期的な視点で見ればどうでしょうか。為替レートは上がったり下がったりを繰り返すことが多く、その影響は時間とともに平準化されていく可能性があります。また、長期的に見れば、為替変動の影響よりも、投資している資産そのものの成長(株価の上昇や配当の再投資など)の方が、リターンに対する貢献度が大きくなることに期待する、という考え方が基本になります。短期的な円高・円安のニュースに一喜一憂せず、どっしりと構えましょう。
- 「通貨分散」の効果を理解する 全世界株式ファンドのように、多くの国の通貨に分散されている投資であれば、特定の通貨、例えば米ドルだけが円に対して大きく下落(円高)したとしても、他の通貨、例えばユーロやポンドなどが円に対して上昇(円安)していれば、ポートフォリオ全体で見たときの為替の影響は緩和されます。一つの通貨だけに依存するよりも、複数の通貨に分散されている方が、リスクは低減されるのです。
「為替ヘッジ」という選択肢は有効か?再考
為替変動のリスクを直接的に抑える方法として、「為替ヘッジ」という手法があります。投資信託の中にも「為替ヘッジあり」「為替ヘッジなし」のタイプが用意されていることがあります。
為替ヘッジとは、簡単に言うと、将来の為替レートをあらかじめ予約しておく(先物取引などを利用する)ことで、為替変動の影響を受けないようにする仕組みです。
- メリット:為替レートが円高に進んだ場合でも、円換算での資産価値の目減りを防ぐことができます。
- デメリット:ヘッジを行うためにはコスト(主に二国間の金利差相当分など)がかかります。このコストはリターンを確実に押し下げます。また、為替レートが円安に進んだ場合に得られるはずの為替差益(円換算価値の上昇)も放棄することになります。
では、どちらを選ぶべきでしょうか? 短期的な視点や、どうしても為替リスクを取りたくないという場合には「ヘッジあり」も選択肢になりますが、長期的な国際分散投資においては、一般的に「ヘッジなし」の方が合理的であると考えられています。その理由は、長期的に見ればヘッジコストがリターンを蝕む影響が大きいこと、そして円安局面でのリターンの機会を失ってしまうことなどが挙げられます。通貨分散の効果も薄れてしまいます。
ただし、これも最終的には個人の判断です。為替ヘッジの仕組みとコストを理解した上で、ご自身の考え方に合わせて選択することが大切です。
結論:為替は「受け入れ」、本来の目的に集中する
投資を行う上で、私たちがコントロールできることと、できないことがあります。
- コントロールできること:いつ、いくら投資するか。どの資産クラスに、どれくらいの割合で投資するか。どの金融商品(ファンド)を選ぶか(特にコスト)。
- コントロールできないこと:市場全体の株価の動き。そして、為替レートの動き。
為替変動は、後者の「コントロールできない要素」の代表例です。
コントロールできないものを無理に予測しようとしたり、その動きに振り回されたりするのではなく、「そういうものだ」として受け入れる。そして、自分自身がコントロールできる要素(積立投資の継続、適切なアセットアロケーションの維持、低コストの追求など)に集中する。これが、為替リスクと上手に付き合っていくための、最も現実的で有効なマインドセットではないでしょうか。
日々のニュースで報じられる円相場の動きに心を奪われすぎず、あなたが最初に設定したはずの、長期的な資産形成という本来の目的に意識を向け、淡々と投資を続けていくこと。その「ぶれない姿勢」こそが、国際分散投資を成功に導く鍵となるはずです。
まとめ:為替リスクは予測せず、受け入れて、長期で付き合う
第19回の今回は、国際分散投資と切っても切れない「為替リスク」について、その向き合い方や考え方を整理しました。
- 為替変動は予測不可能:多数の要因が絡み合い、正確な予測はプロでも困難。
- 合理的なスタンス:「必要コスト」と割り切り、長期目線で、通貨分散効果に期待する。
- 為替ヘッジ:リスクは抑えられるが、コストがかかり円安メリットも失うため、長期投資では「ヘッジなし」が一般的。
- 大切な心構え:為替はコントロールできないものと受け入れ、短期的な動きに一喜一憂せず、本来の投資目的に集中し、淡々と継続する。
為替リスクはゼロにはできませんが、正しく理解し、適切な心構えで臨めば、過度に恐れる必要はありません。国際分散投資のメリットを享受するために、為替変動とも上手に付き合っていきましょう。
さて、投資における重要な考え方として、もう一つ「複利」があります。次回は、この複利の力について詳しく見ていきます。
次回の第20回は、「複利効果の重要性:時間を味方につけて資産を増やす」と題して、アインシュタインも「人類最大の発明」と呼んだ(と言われる)複利の仕組みと、その驚くべきパワーについて解説します。お楽しみに!