前回(第45回)は、行動経済学の観点から、なぜ私たちが「高値で買い、安値で売ってしまう」のか、その心理的な罠について解説しました。投資における最大の敵は、自分自身の心の中にあるのかもしれませんね。
さて、今回は、その心理が最も極限まで試される局面、つまり「市場の暴落」について、より具体的に切り込んでいきたいと思います。長期投資を続けていれば、いつか必ず遭遇するであろう市場の暴落。その時、私たちはどう行動すれば良いのでしょうか?
今回は、21世紀最大級の金融危機であった「リーマンショック」を具体的な例として取り上げ、もし今、同規模の暴落が私たちのインデックス投資を襲ったら資産はどうなるのかをシミュレーションします。そして、その最大の試練を乗り越え、長期的な成功を掴むための「生存戦略」を考えていきましょう。
過去を知る:リーマンショックとは、どれほど恐ろしい暴落だったのか?
シミュレーションに入る前に、まずはリーマンショックがどれほど大きな市場の暴落だったのかを、事実として知っておきましょう。
2008年9月15日、アメリカの大手投資銀行であったリーマン・ブラザーズ社が経営破綻したことを引き金に、世界の金融システムは深刻な機能不全に陥りました。その影響は瞬く間に世界中に広がり、世界同時株安という事態を招きました。
- どれくらい下落したか? 世界の株式市場の代表的な指数であるS&P500やMSCI ACWIなどは、2007年の高値から、暴落の底を打った2009年の初頭までに、約50%以上も下落しました。
- どれくらいの期間続いたか? 下落の底を打つまでに約1年半、そして、元の高値水準を回復するまでには、数年の歳月を要しました。
「自分の資産が半分以下になる」という現実。そして、それが1年以上も続くという、先の見えない不安。この状況下で、冷静な判断を保ち続けることがいかに難しいか、想像に難くないでしょう。
【シミュレーション】もしリーマンショックの直前から積立投資を始めていたら?
では、もし、運悪くこの歴史的な暴落の「直前」からインデックス投資を始めてしまったら、私たちの資産はどうなっていたのでしょうか?具体的なシミュレーションで見てみましょう。
仮定:
- 投資開始:市場が最も高かった2007年10月
- 投資対象:米国の代表的な株価指数であるS&P500に連動するインデックスファンド
- 投資方法:毎月3万円ずつ、淡々と積立投資を続ける
経過①(暴落期:2007年~2009年初頭) 投資を開始した直後から、市場は下落に転じます。毎月3万円を積み立てても、それ以上のペースで資産は目減りし、評価額はあっという間に元本を大きく割り込んでいきます。「何もしなければよかった」「最悪のタイミングで投資を始めてしまった」と、誰もが絶望するような時期です。
経過②(継続期:暴落の真っ只中) しかし、ここで重要なのは、積立投資を継続することです。株価が大きく下がっている間は、「同じ3万円で、より多くの口数(ファンドの持ち分)を、普段よりもずっと安く買う」ことができます。これが、ドルコスト平均法の最大の効果が発揮される瞬間です。バーゲンセールで商品を安くたくさん仕込むようなイメージですね。
経過③(回復・成長期:2009年春以降) やがて市場が底を打ち、回復局面に転じると、このシミュレーションの真価が発揮されます。暴落中に安値でたくさん仕込んでおいた口数が、株価の回復とともに一気にその価値を取り戻し始めます。その結果、あなたの資産はただ元の水準に回復するだけでなく、まるでバネが弾けるように、加速度的に成長していくのです。
シミュレーションの結果は明らかです。暴落の真っ只中でも歯を食いしばって積立投資を続けた結果、資産評価額は数年後には力強くプラスに転じ、リーマンショックから10年後、15年後には、暴落がなかったかのような、あるいはそれ以上の大きなリターンになっている、という未来が待っていました。
これが結論!暴落時にインデックス投資家が取るべき、たった3つの生存戦略
このシミュレーションの結果から、暴落という最大の試練を乗り越えるために、私たちインデックス投資家が取るべき行動指針(生存戦略)は、非常にシンプルかつ強力な3つに集約されます。
戦略①:とにかく「何もしない(=売らない)」 これが最も重要であり、そして前回学んだように、心理的には最も難しい行動です。恐怖に駆られて、保有している資産を安値で売ってしまう「狼狽売り」。これこそが、損失を確定させ、その後の市場回復のチャンスを全て放棄してしまう、投資における最悪の選択です。
戦略②:積立投資を「淡々と継続する」 暴落時は、優良なインデックスファンドの「歴史的なバーゲンセール」期間である、と捉えましょう。同じ投資額でより多くの口数を安く買えるわけですから、将来のリターンを大きく高めるための絶好のチャンスです。証券会社で設定した自動積立を、絶対に止めないことが重要です。
戦略③:(もし余裕資金があれば)「追加投資(スポット購入)」を検討する もし、生活防衛資金とは別に、さらなる余裕資金があるならば、市場が大きく下がったタイミングで追加投資(スポット購入)を行うことで、より大きなリターンを狙える可能性もあります。ただし、これは必須の行動ではありません。あくまで精神的にも金銭的にも余力のある人が検討する、プラスアルファの選択肢です。
基本は、「売らずに、買い続けること」。これに尽きます。
「生存」を可能にするための、嵐が来る前の「事前の備え」
しかし、実際に嵐が来てからでは、冷静な行動を取るのは困難です。上記の3つの戦略を冷静に実行できるようにするためには、天気の良い平時のうちから、しっかりと「事前の備え」をしておくことが不可欠です。
備え①:十分な「生活防衛資金」を確保しておく 暴落時に、生活が苦しくなったために、やむを得ず投資資産を切り崩さざるを得ない、という状況は絶対に避けなければなりません。当面の生活に困らないだけの現預金(生活費の半年~2年分程度)が別にあってこそ、投資資産の下落を精神的な余裕を持って見守ることができます。
備え②:自分の「リスク許容度」を正しく理解し、無理のない資産配分を組んでおく ご自身が、資産のどのくらいの下落までなら耐えられるのかを、あらかじめ真剣に考えておきましょう。もし、株式100%のポートフォリオで50%の下落に耐えられないと感じるなら、値動きのより緩やかな債券などを組み入れた、自分にとって快適な資産配分を組んでおくことが、投資を継続するための鍵となります。
備え③:「暴落は必ず来る」と心に刻んでおく 投資の歴史を学び、「市場の暴落は過去にも何度もあった。そして、その度に市場は必ず、時間をかけて回復し、成長を遂げてきた」という歴史的な事実を知っておくこと。これが、パニックを防ぐための知的なワクチンとなります。
まとめ:暴落は「試練」であり、長期投資家にとっては「贈り物」でもある
今回は、リーマンショック級の暴落を例に、その影響と、インデックス投資家が取るべき生存戦略についてシミュレーションを交えて解説しました。
暴落は、インデックス投資家の信念と規律が試される、避けては通れない最大の「試練」です。しかし、今回のシミュレーションが示すように、暴落時にパニックに陥ることなく、冷静に行動(何もしない、そして積立を続ける)することができた投資家にとっては、それは将来の資産を大きく増やすための、またとない「贈り物」にもなり得るのです。
最も大切なのは、暴落が来てから慌てるのではなく、天気の良い平時のうちから、正しい知識と強い心構え、そして具体的な備えをしておくことです。この記事が、将来本当に大きな暴落が訪れた時に、あなたが群衆のパニックに巻き込まれることなく、賢明な長期投資家として堂々と行動できる一助となることを、心から願っています。
さて、暴落を乗り越えた先に見えるかもしれない一つの大きな目標として、「FIRE(経済的自立と早期リタイア)」があります。次回は、このFIREというテーマについて、インデックス投資を活用してどう目指していくのかを考えてみたいと思います。
次回の第47回は、「新NISAでFIRE達成は可能か?インデックス投資で経済的自立を目指す完全ロードマップ」と題して、多くの人が憧れるFIREという目標に対し、インデックス投資でどのようにアプローチしていくのか、その具体的な道筋を示します。お楽しみに!