【インデックス投資の教科書㊺】なぜ高値で買い、安値で売ってしまうのか?投資で失敗しないための「行動経済学」入門

インデックス投資の教科書

前回は、万人にとっての「最強のポートフォリオ」は存在せず、自分自身のリスク許容度に合った資産配分を見つけ、それを維持していくことが最も重要である、というお話をしました。

さて、ご自身にとって最適な投資計画を立て、低コストなインデックスファンドを選び、いざ積立投資をスタートしたとします。これで、あとは長期的に続ければ、理論上はうまくいくはず…。しかし、多くの投資家が、道半ばでその計画から外れた行動をとってしまい、思うような成果を上げられずにいます。

  • 市場全体が熱狂している時には、「乗り遅れたくない!」と焦って高値で飛びつき(高値掴み)、
  • 逆に、市場全体がパニックに陥っている時には、「もうダメだ!」と恐怖に駆られて安値で投げ売りしてしまう(狼狽売り)。

なぜ、私たちは「安く買って、高く売る」という投資の基本とは真逆の、不合理な行動をとってしまうのでしょうか?

今回は、その謎を解き明かす鍵となる「行動経済学」の考え方をご紹介します。投資における最大の敵は、実は市場の変動ではなく、「あなた自身の心」なのかもしれません。その心のクセを知り、賢く付き合っていく方法を学びましょう。

罠①:「プロスペクト理論」- 利益を得る喜びより、損失を被る痛みを強く感じる心

私たちの不合理な投資行動を説明する上で、最も代表的な理論が、心理学者であり経済学者でもあるダニエル・カーネマン氏らが提唱し、ノーベル経済学賞の受賞にもつながった「プロスペクト理論」です。

この理論の核心の一つに、「損失回避性」という人間の心のクセがあります。 これは、人は「利益を得る喜び」よりも、「同額の損失を被る痛み」の方を、精神的に2倍から2.5倍も強く感じてしまう、という性質です。

例えば、道で1万円拾う喜びよりも、財布から1万円を落としてしまう悲しみの方が、はるかに心に強く残る、という経験はないでしょうか?これが、損失回避性です。

この心のクセが、実際の投資行動に次のような影響を与えます。

  • 利益が出ている局面では… 含み益が出ている状態は、まだ確定していない「幻の利益」です。これを失ってしまうかもしれない、という小さな「損失の恐怖」を感じるため、株価がまだ上昇する可能性があっても、「とりあえずこの利益を確保しておこう」と、早々に売却してしまいがちです。これを「チキン利食い」などと呼びます。
  • 損失が出ている局面では… 含み損が出ている状態は、それを売却することで「損失が確定」します。私たちは、この「損失を確定させる」という痛みを極端に避けたがります。そのため、「いつか買値まで戻るはずだ」「今は売るべきではない」と、根拠のない期待を抱いて損切りができず、そのまま長期間保有し続けてしまう、いわゆる「塩漬け」状態に陥りがちです。

結果として、多くの投資家は「利益は小さく(チキン利食い)、損失は大きく(塩漬け)」なってしまうのです。これは、意志が弱いからではなく、人間が生まれながらに持っている心の仕組みが原因なのです。

罠②:「自信過剰バイアス」と「後知恵バイアス」- 自分を過信し、過去を美化する心

投資判断を誤らせる心理的なクセ(バイアス)は、他にもたくさんあります。ここでは、代表的なものを2つご紹介します。

  • 自信過剰バイアス これは、自分の知識や判断能力を、客観的な事実以上に過大評価してしまう傾向のことです。「自分だけはうまくいくはずだ」「自分なら、市場の平均を超えるリターンを出せる」といった根拠のない自信から、この連載で学んできたような、十分に分散されたポートフォリオを組むことを怠ったり、自分のリスク許容度を超えた危険な投資に手を出したりする原因となります。
  • 後知恵バイアス これは、過去の出来事が起きた後になってから、「やっぱりそうなると思っていたよ」「あの時、自分はこうなるって分かっていたんだ」と、あたかも事前に予測できていたかのように錯覚してしまう心のクセです。例えば、大きく値上がりした株を見て、「ああ、あの時買っておけば今頃…」と強く後悔します。この後悔の念が、次の投資機会では「今回は絶対に乗り遅れるものか!」という焦りを生み、十分な検討をせずに、話題の銘柄に高値で飛びついてしまう原因になり得るのです。

罠③:「ハーディング効果(群集心理)」- みんなと一緒じゃないと不安になる心

人間は社会的な生き物であり、周りの多くの人々と同じ行動をとることで安心感を得る、という性質を持っています。これを「ハーディング効果」または「群集心理」と呼びます。この心理が、投資の世界では、時に壊滅的な結果を招くことがあります。

  • 市場が熱狂している局面では… テレビや雑誌、SNSなどで「〇〇株がすごい!」「今、仮想通貨が熱い!」といった話題で持ちきりになり、周りの誰もがその話をして儲かっているように見えると、「自分だけこのビッグウェーブに乗り遅れてしまうのは怖い!(FOMO: Fear Of Missing Out)」という強い不安に駆られます。そして、その投資対象が本当に良いものなのかを自分でよく調べることなく、群衆の熱狂に流されて買ってしまうのです。これが、バブル相場の最終局面で起こる「高値掴み」の典型的なパターンです。
  • 市場がパニックに陥っている局面では… 逆に、暴落のニュースが駆け巡り、周りの誰もが「もう相場は終わりだ!」「早く売らないと全財産を失うぞ!」と騒いでいると、自分だけ資産を持ち続けるのが極端に怖くなり、群衆の恐怖に流されて、一緒になって資産を投げ売りしてしまうのです。これが「狼狽売り」です。

歴史的に見ても、市場の過熱や暴落は、この群集心理によってさらに増幅されてきました。群衆の中にいると安心しますが、投資の世界では、群衆と同じ方向に走ることが、必ずしも正しいとは限らないのです。

人間の「心の弱さ」に打ち克つための4つの処方箋

では、これまで紹介してきたような、誰もが持つ「心の弱さ」や心理的な罠に、私たちはどう立ち向かっていけば良いのでしょうか?ここでは、そのための具体的な対策を「処方箋」として4つご紹介します。

処方箋①:投資のルールを「事前に」「具体的に」決めておく 感情が揺れ動く前に、冷静な頭でルールを決めてしまうのが最も効果的です。「毎月〇日に〇万円を、このインデックスファンドに淡々と積み立てる」「資産配分が目標から〇%以上ずれたら、次のボーナス月に機械的にリバランスする」「市場が30%暴落しても、少なくとも2年間は絶対に売却しない」など、できるだけ具体的な行動ルールを紙に書き出してみましょう。そして、市場が大きく動いて不安になった時には、その紙を見返すのです。

処方箋②:投資のプロセスを「自動化」する 人間の意志は弱いものです。その弱い意志に頼るのではなく、「仕組み」に頼りましょう。証券会社で一度、「自動積立設定」をしてしまえば、あとは毎月、給与振込口座などから勝手にお金が引き落とされ、自動的にインデックスファンドが買い付けられていきます。これにより、人間の感情が入り込む余地を強制的に排除し、規律ある投資を続けることができます。

処方箋③:日々の値動きから「距離を置く」 特に投資を始めたばかりの頃は、自分の資産がどうなっているか気になって、一日に何度も証券口座のアプリを開いてしまうかもしれません。しかし、これは不安や欲望を不必要に煽る原因になります。インデックス投資は長期戦です。「ほったらかし投資」を心がけ、市場のチェックは月に一度や、年に一度など、あらかじめ決めた時だけにする、というように、市場とは適度な距離感を保ちましょう。

処方箋④:自分の「リスク許容度」を過信せず、謙虚になる 平穏な市場環境の時に、「自分はこれくらいのリスクなら大丈夫だ」と思っていても、実際に資産が30%、40%と目減りしていく暴落を経験すると、想像を絶する恐怖に襲われるものです。自分が思っているよりも、少し保守的(安全資産の比率を高めにするなど)な資産配分を心がけるくらいの慎重さが、結果的に、どんな市場環境でも投資を投げ出さずに継続していく力になります。

まとめ:「不合理な自分」を理解し、それを受け入れることから始めよう

今回は、行動経済学の観点から、私たちがいかに投資において不合理な判断をしてしまいがちか、そしてその心理的な罠をいかに回避するかについて解説しました。

インデックス投資を長期的に成功させるために戦うべき相手は、予測不可能な市場の変動だけでなく、むしろ「予測可能な、私たち自身の不合理な心」である、ということがお分かりいただけたのではないでしょうか。

行動経済学は、私たちがどのような心のクセを持ち、どのような状況で判断を誤りやすいのかを、客観的に教えてくれる強力な武器です。

大切なのは、「自分は常に合理的でいられる」と過信することではありません。「自分は、こういう状況に陥ると、不合理な判断をしてしまう可能性がある」と、あらかじめ自分の心のクセを自覚し、それを受け入れることです。そして、その弱さをカバーするための「仕組み」や「ルール」を、冷静なうちに自ら構築しておくこと。

これこそが、感情の大きな波に乗りこなされてしまうことなく、長期的な資産形成という、遠くに見えるゴールまで着実にたどり着くことができる、真に賢い投資家の姿と言えるでしょう。

さて、投資家の心理について学んだところで、次回は、その心理が最も試される局面、つまり「暴落」について、より具体的にシミュレーションしながら、その対処法を考えていきたいと思います。

次回の第46回は、「【暴落シミュレーション】リーマンショック級の下落が来たらどうする?インデックス投資家の生存戦略」と題して、過去の大きな下落局面のデータを基に、積立投資家がどのように資産を守り、そして回復させていったのかを具体的に見ていきます。お楽しみに!

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