前回は、インデックス投資における重要なメンテナンス作業である「リバランス」について、その必要性や具体的なやり方を解説しました。ポートフォリオのリスクを、自分の快適な水準にコントロールし続けるための大切な作業でしたね。
さて、リバランスの前提となるのが、そもそも「どのような資産を、どのような比率で組み合わせるのが良いのか?」という、資産配分(アセットアロケーション)そのものです。投資の世界では、昔から「リスクをできるだけ抑えながら、期待できるリターンを最大化する『最強のポートフォリオ』は存在するのか?」という議論が繰り返されてきました。
今回は、この投資家の永遠のテーマとも言える「資産配分」について、その基本的な考え方を、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。「黄金比」という言葉は非常に魅力的ですが、この記事を読み終える頃には、その言葉の本当の意味がきっと見えてくるはずです。
なぜ「資産分散」が重要なのか?「相関関係」という魔法の正体
これまでの連載でも、「分散投資は大事ですよ」と繰り返しお伝えしてきました。では、なぜ複数の資産に分散させることが、それほどまでに重要なのでしょうか?その秘密を解き明かすキーワードが「相関関係」です。
相関関係とは、二つの異なる資産の値動きの関連性のことを指します。
- 相関が高い:同じような値動きをする傾向が強い(例:日本のA社の株とB社の株)
- 相関が低い:あまり関連性のない値動きをする
- 逆相関:逆の方向に動く傾向が強い
例えば、一般的に、景気が良くて株価が大きく上昇する局面では、投資家は積極的にリスクを取ろうとするため、安全資産とされる(国内の)債券は売られ、価格が下落することがあります。逆に、不景気で株価が大きく下落する局面では、投資家はリスクを避けようと安全な債券を買い求めるため、債券価格が上昇することがあります。これは、株式と債券が「相関の低い(または逆相関の)値動き」をしやすい、ということを意味します。
このように、「異なる値動きをする資産」をポートフォリオに組み合わせることで、一方の資産が値下がりしても、もう一方の資産がその下落を和らげ、ポートフォリオ全体の値動きをマイルドにしてくれる効果が期待できます。これが、分散投資が「リスクを低減させる魔法」と呼ばれる理由なのです。
資産配分の考え方に革命を!「現代ポートフォリオ理論」とは?
この資産配分の考え方に、科学的な基礎を築き、革命をもたらしたのが、ハリー・マーコウィッツ氏(この功績によりノーベル経済学賞を受賞)が提唱した「現代ポートフォリオ理論」です。
少し難しく聞こえるかもしれませんが、そのエッセンスは非常に合理的です。
- ポイント①:個々の投資先の「点」のリスクを見るのではなく、それらを組み合わせた「ポートフォリオ全体」のリスクとリターンを考えるべき。
- ポイント②:複数の資産をうまく組み合わせることで、個々の資産が持つリスクの合計よりも、ポートフォリオ全体のリスクを小さくすることができる。
- ポイント③:同じ期待リターンであればリスクが最小に、あるいは同じリスクであれば期待リターンが最大になるような、最も効率的な資産の組み合わせ(これを「効率的フロンティア」と呼びます)が存在する。
要するに、「やみくもに分散するのではなく、値動きの異なる資産を科学的に組み合わせることで、よりリスクとリターンのバランスが良いポートフォリオを作ることができる」という考え方です。この理論の登場により、資産配分は単なる経験則から、科学的なアプローチへと進化しました。
具体的なポートフォリオの例と、その背景にある考え方
では、この現代ポートフォリオ理論の考え方を参考にしつつ、実際に広く知られている代表的なポートフォリオの例をいくつか見てみましょう。
例①:カウチポテト・ポートフォリオ 最もシンプルな例の一つです。例えば、「日本株式のインデックスファンド50%」と「日本債券のインデックスファンド50%」のように、値動きの異なる2つの資産に均等に配分します。「カウチポテト(ソファで寝そべっている怠け者)」という名前の通り、非常にシンプルで管理しやすいのが特徴です。
例②:世界最大の年金基金「GPIF」のポートフォリオ 私たちの公的年金を運用している、世界最大の機関投資家である「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)」の基本ポートフォリオも、非常に参考になります。その構成は、「国内株式25%」「国内債券25%」「外国株式25%」「外国債券25%」という、国内外の資産に均等に分散投資する形です。これは、世界のプロが長期的な観点で構築した、グローバルに徹底的に分散されたポートフォリオの一つの答えと言えるでしょう。
例③:年齢やリスク許容度に応じた調整の考え方 一般的に言われる考え方として、「100マイナス年齢」の法則というものがあります。これは、ポートフォリオに占めるリスク資産(株式)の比率を、「100から自分の年齢を引いた数値(%)」にする、という考え方です。例えば、30歳なら株式比率70%、70歳なら株式比率30%といった具合に、年齢が上がるにつれて、安定資産である債券の比率を高めていくというアプローチです。
これらの例は、あくまで考え方のヒントです。ご自身のポートフォリオを考える上で、参考にしてみてください。
結論:「最強」や「黄金比」は、あなたの中にしか存在しない
さて、冒頭の問いに戻りましょう。「では、万人にとっての最強のポートフォリオや、資産配分の黄金比は存在するのでしょうか?」
結論から申し上げると、答えは「NO」です。万人共通の、唯一絶対の最強のポートフォリオというものは存在しません。
その理由は、以下の通りです。
- 最適な資産配分は、個人の「リスク許容度」によって全く異なるためです。大きなリターンを狙って高いリスクを取れる20代の方と、できるだけ元本を減らしたくない安定運用を重視したい60代の方とでは、持つべきポートフォリオは当然異なります。
- 個人の「投資目標」(何のために、いつまでに、いくら必要か)や「投資期間」によっても、取るべきリスクの大きさは変わってきます。10年後に使う教育資金と、30年後の老後資金とでは、適切な資産配分は違うはずです。
- 市場環境は常に変化し続けるため、過去のデータで最も成績が良かったポートフォリオが、未来においても最強であり続けるとは限りません。
したがって、雑誌やインターネットで見かける「これが最強の組み合わせだ!」といった情報を鵜呑みにするのではなく、それらを参考にしつつも、自分自身の状況に合わせてカスタマイズしていくことが何よりも重要なのです。
「唯一絶対の最強のポートフォリオ」を探し求めることよりも、自分自身のリスク許容度を正しく理解し、それに合った、自分が「心から納得し、長期的に安心して持ち続けられる」と感じる資産配分を、自分自身で見つけ出すことの方が、はるかに大切なのです。
まとめ:あなたにとっての「最適解」を見つけることこそが、資産配分のゴール
今回は、インデックス投資の成果を左右する最も重要な要素の一つである、「資産配分(アセットアロケーション)」の考え方について解説しました。
- 資産配分の重要性:異なる値動きをする資産(低い相関関係)を組み合わせることで、ポートフォリオ全体のリスクを効果的に低減できる。
- 現代ポートフォリオ理論:個々の資産ではなく、ポートフォリオ全体のリスクとリターンのバランスを科学的に考えるアプローチ。
- 具体的なポートフォリオ例:シンプルなカウチポテト型や、GPIFの均等分散型、年齢に応じた調整法などがある。
- 最強のポートフォリオは存在しない:最適解は、個人のリスク許容度、投資目標、投資期間などによって全く異なる。
「最強のポートフォリオ」を探す旅は、結局のところ「自分自身を知る旅」でもあります。あなたにとって心地よく、これなら何があっても続けられる、と思える「最適解」の資産配分を見つけ出し、それをリバランスしながら長期的に維持していくこと。それこそが、インデックス投資を成功に導く、本当の意味での「黄金比」と言えるでしょう。
さて、ポートフォリオの考え方を理解したところで、次回は、投資で失敗しないために非常に重要な「投資家の心理」について、行動経済学の観点から見ていきたいと思います。
次回の第45回は、「なぜ高値で買い、安値で売ってしまうのか?投資で失敗しないための行動経済学入門」と題して、私たちが陥りがちな心理的な罠とその対策について解説します。お楽しみに!