前回は、人生の大きな節目である「退職金」を、インデックス投資でどのように賢く運用していくか、その考え方や具体的な戦略、注意点について解説しました。大切な資金だからこそ、冷静な判断と計画的な運用が重要でしたね。
さて、この連載を通じて、私たちは資産形成やインデックス投資といった「お金を増やす」ための知識や方法について学んできました。しかし、その全ての活動の根底にあり、私たちの日常生活や経済活動に片時も欠かすことのできない「お金」そのものについて、「一体お金とは何なのだろう?」「なぜお金には価値があるのだろう?」と、改めて深く考えたことはありますか?
今回は、少し視点を変えて、このあまりにも身近な存在である「お金」の本質や、それが持つ重要な役割(機能)について、基本からじっくりと理解を深めていきたいと思います。投資や経済をより深く、そして正しく理解するためには、この「お金」に関する基本的な理解が不可欠なのです。
お金がなかった時代はどうしてた?物々交換の不便さと限界
まず、お金というものがまだ存在しなかった、はるか昔の時代を想像してみてください。人々は、どのようにして自分が必要なものを手に入れていたのでしょうか? おそらく、最も原始的な経済の形は「物々交換」だったでしょう。自分が持っているもの(例えば、自分で育てた野菜や、狩りで得た獲物など)と、相手が持っている必要なものを、直接交換するわけです。
しかし、この物々交換には、たくさんの不便な点や限界がありました。
- 欲しいものがピッタリ合う相手を見つけるのが大変! 例えば、あなたが「魚」を持っていて「パン」が欲しいとします。まず、「パン」を持っていて、かつ「魚」を欲しがっている相手を見つけなければなりません。このように、お互いの欲しいものと提供できるものが同時に一致する(経済学では「欲望の二重の一致」と言います)相手を探し出すのは、非常に困難で手間がかかりました。
- モノの価値を比べるのが難しい! 「魚1匹とパン何個が釣り合うのか?」「斧1本と布1反では、どちらがどれだけ価値があるのか?」といったように、交換するモノ同士の価値を比べる共通の尺度がありませんでした。そのため、交換比率を決めるのは非常に複雑で、交渉も大変だったでしょう。
- 大きなものや分割できないものの交換が不便! 例えば、あなたが「家」を売りたいけれど、欲しいのは「少量の食料」だけだった場合、家を都合よく分割して食料と交換するのは難しいですよね。
- 価値を長期間保存しておくのが難しい! 手に入れたものが生鮮食料品のように腐りやすいものだった場合、それを長期間価値のあるものとして保存しておくことは困難でした。
これらの物々交換の様々な不便さを解消するために、人々は知恵を絞り、やがて「みんなが共通して価値を認める何か」を仲立ちとして使うようになりました。それが、貝殻であったり、石であったり、貴金属であったり、そして現代の紙幣や硬貨、さらには電子的なデータへと形を変えながら発展してきた「お金(貨幣)」の始まりなのです。
お金の3つの顔(機能)その①:「価値の尺度」として測る
では、現代の私たちが当たり前のように使っているお金は、具体的にどのような役割(機能)を果たしているのでしょうか?経済学では、お金には主に3つの基本的な機能があると言われています。
まず一つ目は、「価値の尺度(かちのしゃくど)」または「計算単位(けいさんたんい)」としての機能です。
これは、世の中にある様々な商品やサービスの価値を、共通の単位を使って客観的に「測る」ことができる、という役割です。例えば、日本では「円」、アメリカでは「ドル」、ヨーロッパの多くの国では「ユーロ」といった通貨単位が、この価値の尺度として使われていますね。
この機能があるおかげで、私たちは、
- 「このリンゴは1個100円だ」
- 「あの本は1冊1,500円だ」
- 「このパソコンは1台10万円の価値がある」
といったように、形も性質も全く異なるものの価値を、同じ土俵の上で数字として比較することができます。どちらが高いか安いか、あるいは自分の予算で買えるかどうか、といった判断が簡単にできるようになります。もし、お金という共通の尺度がなければ、私たちは「リンゴ1個は、パン何個分で、鉛筆何本分で…」と、いちいち複雑な比較をしなければならず、経済活動は非常に非効率なものになってしまうでしょう。
この「価値の尺度」機能が、私たちの経済社会を円滑に動かすための、非常に重要な土台となっているのです。
お金の3つの顔(機能)その②:「交換(決済)の手段」として使う
お金が持つ基本的な機能の二つ目は、「交換の手段(こうかんのしゅだん)」または「支払手段(しはらいしゅだん)」「決済手段(けっさいしゅだん)」としての機能です。
これは、私たちが何か商品を買ったり、サービスを受けたりする際に、その対価としてお金を支払うことで、スムーズに取引(交換)を成立させることができる、という役割です。
物々交換の時代には、前述の「欲望の二重の一致」という大きなハードルがありましたが、お金がその仲立ちをすることで、この問題は見事に解決されました。あなたは、パンが欲しいと思ったら、パン屋さんに魚を持っていく必要はなく、パン屋さんが受け取ってくれる「お金」を支払えば良いのです。そして、パン屋さんはそのお金を使って、自分が欲しい別のもの(例えば、小麦粉や、自分の生活に必要なもの)を買うことができます。
このように、お金が社会の多くの人々に「これは価値があるものだ」「これなら何とでも交換できる」と広く受け入れられ、信用されているからこそ、この交換の手段としての機能が成り立つのです。お店で現金やクレジットカード、電子マネーなどでお金を支払う行為、あるいは会社から給料をお金で受け取る行為などは、全てこのお金の「交換の手段」機能を利用している例と言えます。
お金の3つの顔(機能)その③:「価値の貯蔵(保存)」の手段として蓄える
そして、お金が持つ基本的な機能の三つ目は、「価値の貯蔵(かちのちょぞう)」または「価値保蔵(かちほぞう)」「価値保存(かちほぞん)」としての機能です。
これは、自分が労働などによって得た価値(購買力)を、すぐに全て使ってしまうのではなく、将来何かの目的のために、一時的に「蓄えておく」ことができる、という役割です。
物々交換の時代には、例えば獲物の肉や収穫した野菜などは、時間が経つと腐ってしまい、価値を長期間保つことが困難でした。しかし、お金(特に現代の紙幣や硬貨、あるいは銀行預金といった形)であれば、比較的長期間にわたって価値を保存しておくことができます。
この機能があるおかげで、私たちは、
- 将来の大きな買い物(例えば、家や車)のために、毎月少しずつお金を貯める。
- 老後の生活資金として、若い頃からお金を積み立てておく。
- 万が一の病気やケガに備えて、お金を蓄えておく。
といったことが可能になります。
ただし、このお金の「価値の貯蔵」機能は、絶対に安泰というわけではありません。注意しなければならないのは、「インフレーション(物価上昇)」のリスクです。もし、世の中のモノやサービスの値段が全体的に上がってしまうと、あなたが貯蔵しているお金の「実質的な価値(実際に買えるモノやサービスの量)」は、時間とともに目減りしてしまう可能性があります。例えば、今日100万円で買えたものが、10年後にはインフレで120万円出さないと買えなくなっていたら、100万円というお金の価値は実質的に下がってしまったことになります。
このインフレリスクから自分の資産価値を守り、さらに積極的に増やしていこうとする行為こそが、私たちがこの連載で学んでいる「インデックス投資」などの「投資」の一つの大きな目的なのです。
まとめ:お金の機能を正しく理解し、賢く付き合っていくために
今回は、私たちが日常的に使っている「お金」について、その基本的な3つの機能、「価値の尺度」「交換の手段」「価値の貯蔵」という観点から、その本質や役割を改めて見つめ直してみました。
- 価値の尺度:モノやサービスの価値を共通の単位で測る。
- 交換の手段:モノやサービスとスムーズに交換(決済)する。
- 価値の貯蔵:得た価値を将来のために蓄えておく。
これらの機能を正しく理解することは、日々の経済活動を円滑に行い、そして将来のための賢い資産形成を考える上で、非常に重要な基礎となります。
特に、「価値の貯蔵」機能に関しては、インフレによってその価値が目減りするリスクがあることを認識し、その対策として「投資」という選択肢があることを理解することが大切です。インデックス投資は、このお金の価値をインフレから守り、さらに長期的な経済成長の恩恵を受けて増やしていくための、有効な手段の一つと言えるでしょう。
お金は、私たちの生活を豊かにするための便利な道具です。その本質や役割をしっかりと理解することで、私たちは単にお金に振り回されるのではなく、お金を賢く使い、賢く管理し、そして賢く増やしていくための、確かな一歩を踏み出すことができるはずです。
さて、お金の基本的な機能が分かったところで、次回は、そのお金の価値が変動する「インフレ」と「デフレ」について、私たちの生活や投資にどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います。
次回の第39回は、「インフレ・デフレとは?私たちの生活と投資への影響」と題して、物価の変動が経済や私たちの資産にどのような影響を及ぼすのか、その基本的な仕組みを解説します。お楽しみに!