前回は、積立投資の代表的な手法である「ドルコスト平均法」について、その仕組みやメリット、そしてよくある誤解について解説しました。価格変動リスクを抑え、長期投資を継続しやすくするための合理的な手法でしたね。
さて、ドルコスト平均法が「定時・定額」で機械的に買い付けていくのに対し、投資の世界にはもう一つのアプローチがあります。それが「タイミング投資」です。
今回は、多くの投資家が一度は夢見るであろう「タイミング投資」について、なぜそれが魅力的に見えつつも、実践するのが非常に難しいのか、その理由を深く掘り下げていきます。
投資家の夢?「タイミング投資」の魅力と現実
タイミング投資とは、市場の価格変動を予測し、「価格が最も安い(と判断した)タイミング=底値」で買い、「価格が最も高い(と判断した)タイミング=天井」で売ることを目指す投資手法です。
もしこれが完璧にできれば、短期間で大きな利益を得ることも可能でしょう。「安く買って、高く売る」というのは、まさに投資の理想形であり、多くの人が惹かれるのも無理はありません。株価のチャートを見て、「あの時買っていれば…」「ここで売っていれば…」と考えたことがある人も多いのではないでしょうか?
しかし、この理想的な投資行動、現実に実行することは可能なのでしょうか?
なぜタイミング投資は「言うは易く行うは難し」なのか?
結論から言うと、タイミング投資を継続的に成功させることは、極めて困難であると言わざるを得ません。その主な理由は以下の通りです。
- 市場の短期的な動きは予測不可能に近い 株価や為替レートなどの市場価格は、世界経済の動向、企業の業績、金利、政治情勢、自然災害、さらには投資家心理といった、無数の要因が複雑に絡み合って変動しています。これらの要因すべてを把握し、将来の価格を正確に予測することは、スーパーコンピューターでも、ノーベル賞経済学者でも不可能です。短期的な値動きは、ほとんどランダム(予測不能)に近いと言っても過言ではありません。
- 「底値」と「天井」は後になって初めて分かる 「今が一番安い買い時だ!」「今が一番高い売り時だ!」と、その瞬間をリアルタイムで正確に見極めることは、誰にもできません。価格が下がり続けているとき、「ここが底だ」と思って買ったら、さらに下がり続けるかもしれません。逆に、上がり続けているとき、「ここが天井だ」と思って売ったら、さらに上がり続けるかもしれません。「底」や「天井」は、後になってチャートを振り返って、「ああ、あそこが底(天井)だったんだな」と初めて分かるものなのです。
- 人間の心理的な弱点が邪魔をする 私たち人間は、感情の生き物です。特に、お金が絡むと、合理的な判断が難しくなることがあります。
- 価格が下落している局面:「もっと下がるかもしれない」という恐怖心から、本当は買い時かもしれないのに買えなかったり、耐えきれずに売ってしまったり(狼狽売り)。
- 価格が上昇している局面:「この上昇に乗り遅れたくない!」という焦り(FOMO: Fear Of Missing Out)から、十分に価格が上がってしまった高値圏で買ってしまう(高値掴み)。 このような心理的なバイアスが、タイミング投資の成功を阻む大きな要因となります。
- 売買コストがかさむ タイミングを狙って頻繁に売買を繰り返すと、その都度、売買手数料や税金といったコストが発生します。これらのコストは、確実にリターンを押し下げる要因となります。せっかく売買で利益が出ても、コストを引いたらほとんど残らなかった、ということにもなりかねません。
これらの理由から、投資のプロであるファンドマネージャーでさえ、市場のタイミングを正確に読み続けて、インデックス(市場平均)を上回る成績を上げ続けることは非常に難しい、というデータが多く存在します。
「安い時に買いたい」心理とドルコスト平均法の関係性
「でも、やっぱりできるだけ安い時に買いたいと思うのは当然じゃない?」
その気持ちは、投資をする上で誰もが持つ自然な感情です。タイミング投資は、この欲求を直接的に満たそうとする試みですが、見てきたように、それは非常に困難な道です。
では、前回学んだドルコスト平均法(積立投資)は、この「安い時に買いたい」という心理にどう応えてくれるのでしょうか?
ドルコスト平均法は、「最安値」で買うことを目指すものではありません。しかし、価格が下落している局面でも、決まった金額を買い続けることで、結果的に「価格が安いときには、より多くの口数を購入できる」というメリットがあります。
これにより、
- 高値掴みのリスクを避けつつ、
- 価格下落局面を「安く多く買えるチャンス」として活かし、
- 平均購入単価を平準化させる
効果が期待できます。
また、「まだ下がるかも」という恐怖心から、絶好の買い場を指をくわえて見ているだけ…といった「買い時を逃すリスク」も、機械的に買い続けることで減らすことができます。
タイミング投資のように一点集中で「底値」を狙うのではなく、時間軸を味方につけて、価格変動を利用しながら平均的に有利な価格での購入を目指す。これがドルコスト平均法の考え方です。
なぜ積立投資(ドルコスト平均法)が推奨されるのか?
タイミング投資の難しさを考えると、なぜ積立投資(ドルコスト平均法)が、特に私たちのような個人投資家、とりわけ初心者にとって合理的で推奨されるのか、その理由がより明確になります。
- タイミングを計るストレスからの解放:「いつ買うか、いつ売るか」という、正解のない難しい判断から解放され、精神的な負担なく投資を続けられます。
- 感情的な失敗を防ぎやすい:市場の変動に一喜一憂せず、あらかじめ決めたルールに従って淡々と投資を続けることで、恐怖や欲に基づいた衝動的な売買を防ぐことができます。
- リスクの平準化:定期的な購入により、購入価格が平均化され、高値掴みのリスクを抑えることができます。
- 継続しやすい:少額から始められ、一度設定すれば自動で続けられるため、忙しい人でも無理なく長期的な資産形成の習慣を身につけやすいです。
投資の世界には、「Time in the market beats timing the market.」という格言があります。これは、「市場のタイミングを計ろうとすること(timing the market)よりも、市場に長く居続けること(time in the market)の方が、結果的に重要である」という意味です。完璧なタイミングを追い求めることに時間とエネルギーを費やすよりも、できるだけ早く投資を始め、長期的に市場に参加し続けることの方が、資産形成には効果的である、という考え方を示唆しています。
結論:タイミングを追い求めず、時間を味方につける戦略
タイミング投資で大成功を収める人が確かに存在するかもしれないが、それはごく一部であり、運や特別な才能に依存する部分が大きく、多くの人にとって再現性は極めて低いことを強調します。
一方、積立投資(ドルコスト平均法)は、市場の短期的な予測に頼らず、長期的な視点で資産の成長を目指す、誰にでも実践可能で合理的な戦略であることを再確認します。
投資で成功するための鍵は、未来を予知しようとすることではなく、コントロール可能なこと(積立額、アセットアロケーション、コスト)に集中し、時間を最大限に味方につけることであると結論づけます。
タイミング投資の魅力に惑わされず、積立投資という再現性の高い方法で、焦らず、コツコツと資産を育てていく。これが、私たち個人投資家が取るべき賢明な道ではないでしょうか。
まとめ:タイミング投資の難しさと積立投資の合理性
第16回の今回は、「タイミング投資」がなぜ難しいのか、そしてなぜ「積立投資(ドルコスト平均法)」が推奨されるのかについて解説しました。
- タイミング投資とは:市場の底値で買い、天井で売ることを目指す手法。理想だが実践は極めて困難。
- 難しい理由:市場予測の不可能性、底・天井の見極め不可、心理的バイアス、コスト。
- 積立投資の優位性:タイミング不要、感情排除、リスク平準化、継続しやすさ。
- 重要な考え方:「市場のタイミングを計る」よりも「市場に長く居続ける」こと。
完璧な売買タイミングを追い求めるよりも、ドルコスト平均法を活用した積立投資で、時間を味方につけながら着実に資産を形成していく方が、多くの人にとって現実的で、成功への確度が高いと言えるでしょう。
さて、タイミングを計る必要がない積立投資ですが、「じゃあ、いつ始めるのが一番いいの?」という疑問が湧いてくるかもしれません。次回は、この疑問にお答えします。
次回の第17回は、「積立投資を始める最適なタイミングとは?今すぐ始めるべき理由」と題して、積立投資の開始時期について、なぜ「思い立ったが吉日」なのか、その理由を解説します。お楽しみに!