前回(第6回)は、ご自身の「リスク許容度」に合わせて、投資資金を株式や債券といった異なる種類の資産に、どのような割合で振り分けるか、つまり「アセットアロケーション」の考え方についてお話ししましたね。
「リスク許容度が高めなら株式の比率を多く、低めなら債券の比率を多く…」といった具体的なイメージが掴めてきたのではないでしょうか。
さて、今回は、その「アセットアロケーション」が、なぜ投資においてこれほどまでに重要視されるのか、その理由をさらに深く掘り下げていきます。
投資戦略の「心臓部」、それがアセットアロケーション
「なんとなく大事なのは分かったけど、具体的にどれくらい重要なんだろう?」 「個別株を選んだり、売買のタイミングを見計らったりする方が、儲かりそうな気がするんだけど…?」
そんな疑問を持っている方もいるかもしれませんね。
実は、このアセットアロケーション、単なる投資戦略の一要素というだけではありません。長期的な投資の成果を左右する、まさに投資戦略全体の「心臓部」であり、あなたの投資の航路を決定づける「設計図」や「羅針盤」とも言える、非常に重要な役割を担っているのです。
今回は、その重要性の根拠となる考え方について、一緒に学んでいきましょう。
有名な研究が示す「8割の真実」とは?
「アセットアロケーションが投資の成果を決める」という話の根拠として、非常によく引用される有名な研究があります。
1986年(およびその後の追研究)に、ブリンソン、フッド、ビーバウワーという3人の研究者が発表した論文が特に有名です。彼らは、米国の年金基金の運用成績を分析し、「ポートフォリオのリターン変動の要因の90%以上は、アセットアロケーション(どの資産クラスにどれだけ投資するか)によって説明できる」という結果を導き出しました。(研究によって数字は多少異なりますが、概ね8割~9割以上と言われています。)
これは、私たち個人投資家にとって、何を意味するのでしょうか?
簡単に言えば、長期的な投資の成果(リターンのばらつき)に対して、
- どの資産クラス(株式、債券など)にどれくらいの割合で投資するか(=アセットアロケーション) が最も大きな影響を与え、
- どの個別企業の株を買うか(=個別銘柄選択) や、
- いつ買っていつ売るか(=マーケットタイミング) といった要素の影響は、相対的に小さい
ということです。
もちろん、「個別株選びやタイミングが全く無意味だ」と言っているわけではありません。短期的に見れば、それらの要因がパフォーマンスを大きく左右することもあります。また、この研究結果の解釈については、専門家の間でも様々な議論があります。
しかし、特に長期的な視点で資産形成を目指す私たち個人投資家にとって、「どの資産にどれだけ投資するか」という大枠の戦略を最初にしっかり決めて、それを維持していくことが、成功への最も確かな道筋の一つである、という強力なメッセージとして受け取ることができるでしょう。
多くの人が血眼になって探す「上がる株」や「最高の買い時」を探すよりも、もっと基本的な「アセットアロケーション」に目を向けることの重要性を示唆しているのです。
なぜ個別株選びや売買タイミングより重要なのか?
「でも、やっぱりニュースで話題の株を買ったり、安い時に買って高い時に売ったりする方が、効率よく儲けられそうな気がするんだけど…?」
そう考える気持ちも、とてもよく分かります。メディアでは、成功した投資家の個別株投資の話や、「今が買い時!」といった情報が溢れていますからね。
しかし、「どの個別株が将来有望か」を正確に予測したり、「市場の底値で買って天井で売る」という完璧なタイミングを捉えたりすることは、プロの投資家であっても至難の業なのです。
なぜ難しいのでしょうか?
- 予測不可能性: 株価は、経済、政治、企業業績、人々の心理など、無数の要因によって複雑に動きます。未来を正確に予測することは誰にもできません。
- 情報の非対称性: 私たち個人投資家が得られる情報と、プロの機関投資家が得られる情報には、質・量ともに差がある場合が多いです。
- 感情の影響: 「もっと儲かるかも(欲)」「損したくない(恐怖)」といった感情が、冷静な判断を邪魔し、高値掴みや狼狽売りにつながりやすいです。
これらの難しさがあるため、個別銘柄選択やマーケットタイミングに時間と労力を費やしても、必ずしも良い結果につながるとは限らないのです。むしろ、売買を繰り返すことで手数料がかさみ、リターンを押し下げてしまう可能性すらあります。
一方で、「アセットアロケーション」はどうでしょうか?
- コントロール可能性: どの資産クラスにどれくらいの割合で投資するかは、あなた自身が、投資目標やリスク許容度に基づいて、事前に計画し、決定することができます。
- 長期的な合理性: 各資産クラス(株式、債券など)の長期的なリスク・リターンの特性は、過去のデータからある程度把握できます。また、世界経済全体の長期的な成長に期待するなど、より確実性の高い要素に基づいて戦略を立てることができます。
- 分散によるリスク低減: 異なる値動きをする資産を組み合わせることで、ポートフォリオ全体のリスクを抑える効果(分散効果)が期待できます。これは、資産配分の大きなメリットです。
つまり、予測困難でコントロールしにくい個別株選びやタイミング投資に注力するよりも、自分でコントロール可能で、かつ長期的な成果に大きな影響を与える「アセットアロケーション」を重視する方が、合理的で再現性の高い投資戦略と言えるのです。
アセットアロケーションは「リスクとリターンの調整弁」
アセットアロケーションがなぜ重要なのか、もう少し具体的なイメージで考えてみましょう。アセットアロケーションは、あなたの投資ポートフォリオ全体の「リスクとリターンのバランスを調整する弁」のような役割を果たします。
前回も少し触れましたが、主な資産クラスである「株式」と「債券」には、以下のような一般的な特徴があります。
- 株式: ハイリスク・ハイリターン(値動きが大きいが、大きなリターンも期待できる)
- 債券: ローリスク・ローリターン(値動きが小さいが、期待できるリターンも小さい)
この二つの資産の配合比率を変えることで、ポートフォリオ全体のリスクとリターンの特性をコントロールできるのです。
- 例1:株式100%のポートフォリオ
- 期待リターンは最も高い可能性がありますが、価格変動リスクも最大になります。市場が好調な時は大きく資産が増えますが、不調な時は大きく減る可能性もあります。ジェットコースターのような値動きになるかもしれません。
- 例2:債券100%のポートフォリオ
- 価格変動リスクは非常に小さく抑えられますが、期待できるリターンも限定的です。インフレに負けてしまう(物価上昇率よりリターンが低い)可能性もあります。安定性は高いですが、資産を大きく増やすのは難しいでしょう。
- 例3:株式50%:債券50%のポートフォリオ
- 株式と債券の「中間」のリスク・リターン特性を目指します。株式の値上がり益を狙いつつ、債券が値動きのクッション役となり、ポートフォリオ全体の変動を株式100%よりマイルドにする効果が期待できます。
このように、異なる値動きをする傾向のある資産(株式と債券は、一般的に逆の値動きをすることもあります)を組み合わせることで、「分散効果」が働きます。どちらか一方の資産が大きく値下がりしても、もう一方の資産がそれを補う(あるいは下落幅を小さくする)ことで、ポートフォリオ全体のリスクを低減させることができるのです。
この分散効果こそが、アセットアロケーションが持つ力の源泉であり、長期的に安定したリターンを目指す上で非常に重要な考え方となります。あなたは、この「調整弁」を使って、自分にとって最適なリスクとリターンのバランスを作り出すことができるのです。
だから「あなた自身の」資産配分が不可欠
「アセットアロケーションが投資成果の8割を決める」 「分散効果がリスクを抑える」
これらの話を聞いて、「なるほど、アセットアロケーションはすごく重要なんだな!」と理解していただけたかと思います。
では、「一番儲かるアセットアロケーション」や「誰にとっても最適な資産配分」というものが存在するのでしょうか?
答えは「ノー」です。
もし、有名な研究結果があるからといって、「じゃあ、みんな研究で示された平均的なアセットアロケーションにすればいいんだ!」と考えてしまうのは早計です。
なぜなら、投資の目的(いつまでに、いくら必要か)や、リスクに対する考え方(リスク許容度)は、一人ひとり全く異なるからです。
- 20代で老後資金を準備したい人と、50代で5年後の住宅資金を作りたい人
- 多少のリスクは気にしない人と、元本割れは絶対に避けたい人
それぞれ、目指すべきゴールも、取れるリスクの大きさも違いますよね。だから、必要とされるアセットアロケーションも、当然ながら異なってくるのです。
他人の成功事例や、雑誌やネットで見かける「おすすめポートフォリオ」をそのまま真似するのではなく、
- あなた自身の投資目標と期間(第3回)
- あなた自身の生活状況とリスク許容度(第4回、第5回)
これらをしっかりと考慮した上で、「あなただけのオーダーメイドのアセットアロケーション」を決定することが、何よりも重要になります。
そして、一度決めたアセットアロケーションを、市場の短期的な動きに惑わされずに長期的に維持していくこと(もちろん、ライフプランの変化に応じた定期的な見直し=リバランスは必要です)が、資産配分の力を最大限に引き出し、投資の成功確率を高めるための王道となるでしょう。
まとめ:投資の成否は「アセットアロケーション」で決まる!
第7回の今回は、**「なぜアセットアロケーションが投資成果の大部分を決めるのか?」その重要性の根拠について深掘りしました。
- 資産配分の重要性: 投資の成果(リターンのばらつき)の大部分(8~9割以上)は、どの資産クラスにどれだけ投資するかという「アセットアロケーション」によって決まると言われている(ブリンソンらの研究)。
- 個別株・タイミング投資との比較: 将来予測が困難な個別銘柄選択やマーケットタイミングよりも、自分でコントロール可能で長期的な影響が大きい資産配分を重視する方が合理的。
- リスクとリターンの調整弁: 株式と債券などの比率を変えることで、ポートフォリオ全体のリスクとリターンのバランスを調整できる。異なる資産を組み合わせる「分散効果」が鍵。
- 「自分だけの配分」が重要: 投資目標やリスク許容度は人それぞれ違うため、他人の真似ではなく、自分に合ったオーダーメイドのアセットアロケーションを決定し、長期的に維持することが不可欠。
個別株の話題や売買タイミングの話は魅力的かもしれませんが、長期的な資産形成の土台となるのは、地味ながらも非常に強力な「資産配分」の考え方です。この重要性をしっかりと理解し、今後の投資戦略の「核」として据えることが大切です。
さて、アセットアロケーションの重要性が分かったところで、次はいよいよ具体的な資産クラスについて見ていきましょう。
次回の第8回は、「アセットアロケーションの基本:株式、債券、その他の資産クラス」と題して、資産配分を考える上で基本となる、それぞれの資産クラスの特徴や役割について、もう少し詳しく解説していきます。お楽しみに!